山本馬骨さんの四国旅

 ご夫婦で、いつも長距離のキャンピングカー旅行を楽しまれている山本拓弘 (ペンネーム山本馬骨) さんより、「旅の記録」 の最新版が送られてきた。
 
山本拓弘ご夫妻
▲ 山本ご夫妻
 
 山本さんは、数ヵ月を要するような長旅から帰られると、いつもその思い出を記した小冊子をつくられている。
 その記録帳は、同じ地域をキャンピングカー旅行しようと思う人には、格好のガイドブックとなり、旅の情緒に思いを馳せる人には、詩想豊かな紀行文学となり、キャンピングカーの使用法を知りたい人にはノウハウ集としても機能するという、非常に優れたものだ。
 
 今回いただいたのは、その 8号目。
 『四国八十八ヵ所巡りの旅』 だ。
 「四国八十八ヵ所」 は、いわずとしれた日本を代表する巡礼コースであり、昔は白衣、菅笠、杖というお遍路装束に身を包んで、徒歩で回るものとされた。
 しかし、最近はこの霊場巡りを自動車で行う人たちも増え、そのためのガイドブックなども出版されるようになった。
 だが、さすがにキャンピングカーで巡るためのガイドブックは出ていない。
 今回の山本さんのレポートは、その貴重な例となるに違いない。
 
 しかし、ご本人が、記事中 「道が狭く、薄氷を踏む思い…」 と書かざるを得ないほど通行の厳しい場所も多く、ご夫婦が乗られているキャブコン (グローバル社のキング5.3) を超える大きさのクルマの場合は、このコースでの使用をあきらめざるを得ないことも教えてくれる。
 
SUN号
▲ 山本さんの愛車 「SUN号」
 
 さて、今回の 「旅の記録」 。
 今まで書かれたものとの大きな違いは、旅のレポートを中心に据えたドキュメントの部分と、心に去来する思いを綴った思索の部分とが交互に配され、「行動」 と 「哲学」、動」 と 静」 いう見事なコントラストが際立つような手法が採られたことだ。
 
 旅のレポート部分はこれまでのように、通過したコース、泊まった場所、そのときの出来事を追ったもので、旅のガイドブックとして機能するような情報が、正確な描写と、諧謔を伴った文体で綴られていく。
 ところが今回は、そのレポートとレポートの合間に、氏が旅先の夜に読みついだ 『般若心経』 への思いが述べられていく。
 今回の訪問地が四国の霊場ということもあり、お寺巡りが中心となる旅であったことにもよるのだろうが、この 『般若心経』 をどう読み解くか という山本氏の心の軌跡を盛り込んだことで、本号には得がたい深みと香華が備わった。
 
 といっても、著者の仏典解釈は、けっして専門的な堅苦しさを持つものではない。
 誰もが感じる素朴な疑問や雑感から出発し、その思考の軌跡をストレートに描く形で、素直な推論が下される。
 その理路の筋道は、優しさに満ちた平易なものであり、下された推論には人間的な温かみがこもる。
 
 たとえば、「観自在菩薩」 として登場する “観音様” とは、いったいどういう存在なのだろうか、と問うた章。
 山本氏は、その観音様が、あるときは 「馬頭観音」 という馬の姿になったり、あるときは 「千手観音」 として、悩める多くの人に千の手を差し伸べる姿をとることなどに思いを馳せ、常に 「変身していく仏」 であることを突きとめる。
 
 ということは、
 「観音様とは、常にわれわれの身近なところにいて、常にわれわれを救ってくださる存在。つまりは、ときに隣人、ときに家族・兄弟などに変身し、いつも親身になって見守ってくれる仏のことをいうのではないか」
 という推論がそこで立てられる。
 素朴な結論ながら、そこからは揺るぎない洞察から導き出された力強さと、ほのぼのとした温かみが伝わってくる。
 
 あるいは、仏教用語として使われる 「照見 (しょうけん) 」 という言葉。
 もちろん辞書に登場することもなく、はっきりとした解釈も流通していない用語だ。
 
 「明かりを照らして、モノを見るというような意味だろうが、これは何を見るということなのだろう」
 
 氏は、何度もこの言葉を、甘露なアメをしゃぶるがごとく味わい尽くす。
 そして、生まれた解釈。
 「迷いに迷った凡人が、光明の道にハッと気づく」
 という意味ではあるまいか。
 
 混沌とした状態の中をさまよい、暗がりから這いあがることにエネルギーを使い果たし、その挙げ句の果てに見えてくる一筋の真理。
 「その光明を気づくことが、すなわち照見」 
 そう気づいたとき、氏は 「胸がふるえた」 という。
 
山本氏の四国八十八ヵ所巡り
 
 そのような滋味に溢れた省察が、八十八ヵ所巡りの夜、道の駅などに停めた車内から生まれたことを知り、これは 「新しいキャンピングカー文学だ」 と思った。
 
 私の書くものを含め、多くのキャンピングカー旅行記は、ただのレポートに過ぎない。
 しかし、山本氏は、その域を大きく踏み越えて、ついにキャンピングカーを思索空間として完成させ、その車内から 「文学」 として読むに足る作品を作り上げた。
 キャンピングカー文化を創造する大いなる契機となる読み物が誕生したと思う。
 
  
関連記事 『オススメ本!』 (山本馬骨著・くるま旅くらし心得帳)
  
参考 山本馬骨氏ブログ 『くるま旅くらしノオト』

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山本馬骨さんの四国旅 への8件のコメント

  1. ブタイチ より:

    >キャンピングカー旅行記は、ただのレポートに過ぎない。
    これはわが身を思わず振り返ってしまいまい…耳が痛いです(笑)。
    道中で山本さんが「照見」という言葉の持つ意味を悟った時の感動…わかりますね~。
    旅をしたくなりますね。
    >何度もこの言葉を、甘露なアメをしゃぶるがごとく味わい尽くす。
    これは…惚れ惚れする町田語録!使ってみたい言い回しですね~。流石です。

  2. 町田 より:

    >ブタイチさん、ようこそ。
    ブタイチさんの書かれる blog もまた、とびっきりの 「文学」 です。
    風景の広がりを感じさせる画像に、ほんのちょこっと添えられる印象的なフレーズ。
    絵と文が一体となって完成する奥行きの深い世界。
    あれは、誰もが真似できるようなものではありません。
    今日のブタイチさんの 「最後の授業」 は良い記事でしたねぇ。
    本当はそちらのコメント欄に書くべきなのでしょうけれど、清々しい思いで読みました。
     

  3. ミペット1号@試作品 より:

     文学って難しく考える必要はないところが、難しいって思うところで。
     追求するあまり、暗中模索の領域に迷い込んでしまうと、そこから抜け出せなくなるし。
     手に取ることの出来ないものを、創造するのも文学かも知れないけど、手に取れるものを自分の視点で、見たまま感じたまま、ありのままに書くのも、文学だと思うし。
     でも、考えても答えなんてきっとない物だし、書いたり創造することで、自分が自分のままにいられればいいなあって思う。
     昨日も、実は新宿の世界堂に入って、木枠を買おうかどうしようか迷って。で、見ながら創作のこと、色々と考えてた。
     売れるとか、売れないとか、親父が理解してくれるとかしてくれないとか、色々と考えてたけど、それだと誰の、何のために絵を描いてるんかわから無くなってきて。
     学ぶも、学ばないも、誰かに認められるためじゃなくて、純粋に自分のやりたいことを特化し、純化することに目的意識を持たないと。
     って思って。やっぱり、なんだかんだ言っても、色々な意味で、欲目を超越した作品の凄さとか面白さって、何にも勝る物があると思うし。
     で、やはり今度はそれをテーマにして、やっていこうかなあ。って思うわけで。

  4. ムーンライト より:

    「迷いに迷った凡人が、光明の道にハッと気づく」
    わかる。
    まだ私は、その域に達してはいませんが、「わかる
    」気がしました。
    町田さん。
    お忙しいところ、大変申し訳ないのですがお願いがございます。
    長崎の池田健一さんにお伝え願いたいのです。
    国際セラピードック協会の大木トオル代表の訓練会が来月、福岡で開催されるそうです。
    http://www.therapydog-a.org/img/0812_mother.pdf
    長崎と福岡は近いとは言えないでしょうが、福岡から東京へ訓練を受けに通っておられた方もいらっしゃいました。
    それを思えば、近いと思うのですが。
    確か、池田さんのお宅にもワンちゃんが・・・とお聞きしたように思うのですが。
    折角の機会ですので、是非。
    よろしくお伝えくださいませ。

  5. 町田 より:

    >ミペット1号@試作品さん、ようこそ。
    ミペットさんの 「文学」 に対する複雑な思い、よく分かります。
    >「難しく考える必要もないものだから、そこが難しい」
    >「手に取ることのできないものを創造するのも文学だし、手に取れるものを感じたままに書くのも文学だ」
    ほんとおっしゃるとおりですよね。
    それって、結局 「人生」 そのものじゃありません?
    ゲームと違って、人生には 「クリア」 するという瞬間が訪れることがありません。「正解はない」 というのが人生。
    「文学」 や 「絵」 も同じことなんでしょうね。
    「正解」 がない!
    …ということは、ミペットさんがいみじくも述べられたように、>「純粋に自分のやりたいことに純化して…」 というやり方しかないように思います。
    商品開発でよく言われることですけど、「マスマーケットというものが想定できない今の時代には、自分が欲しいもの、自分が面白いと思うものしか手がかりない」 って。
    自分が 「良い」 と思えるものには、当然どこかに共感者がいるはずです。
    特にネット社会になると、どこかに埋もれている 「共感者」 にコミットすることが以前より簡単になります。「ロングテール」 ってやつですね。
    ミペットさんの 「共感者」 は必ず出てきますよ。
    ほら、今ここに(私) 。
     

  6. 町田 より:

    >ムーンライトさん、ようこそ。
    >「迷いに迷った凡人が、光明に道に気づく」 って、いい表現ですよね。私もまたその言葉の重みに感じ入っている次第です。
    池田さんへの連絡の件、了解いたしました。
    このメールの用件の部分をコピーして、そのまま池田さんへもメールで送っておきましょう。
    彼も、彼のご家族も大の犬好きです。
    また、可愛いんだ、あそこのおうちのワンちゃんたち。
    私は性格は猫型ですけど、犬に好かれます。
    犬たちは、私のジコチュー的な気ままさが、とてもエキゾチックに見えるようです。
    うちはカミさんも犬型人間なので、私のことをエキゾチックなキャラクターだと思ってそこに魅了されているんでしょう……ってなわけはないか。
     

  7. 大屋温義 より:

    私は、北海道の本別町松島邸で24年8月14日にお会いした。姫路の大屋です。
    本日、松島さんからのふところ旅日誌で、お宅の、でこぼこ日誌を拝見して、感動しました。今度、松島山荘に来られるときは、お知らせください。山荘に、愛に行きたいと思っています。私も、灯台・岬・焼き物の町・大仏・観音様、三重塔五重の塔多宝塔を沢山巡りました。本格的な、車旅は平成11年6月からです。

    • 町田 より:

      >大屋温義さん、ようこそ
      返信が大変遅くなり、誠に失礼いたしました。
      現在、新旧二つのブログを二つ運営しておりまして、主に新ブログの方ばかり携わっているため、この旧ブログの方はめったに開けることがありませんでした。そのため、せっかくいただいていたコメントも見過ごしてしまいました。
      申し訳なく思っております。

      山本馬骨さんとは、平成24年にお会いしたとのこと。
      山本さんにその旨をご連絡されれば、さぞや懐かしがられるでしょう。
      山本さんは今も元気にご自分のブログで健筆をふるっておられます。
      あいかわらず、素晴らしい内容の文章を綴られています。
      アドレスは下記のとおりです。
      https://blog.goo.ne.jp/vacotsu8855

      一度そちらのコメント欄に連絡を取られたらいかがでしょう。
      きっと喜ばれると思います。
       

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