ザ・ロード

 
 自分の子どもが、食料として他人に食べられてしまうかもしれない。
 そんな世界をさまよっている父親は、どう子どもを守ればいいのか。
 
ザ・ロード表紙
 
 『ザ・ロード』 というこの小説は、そういう極限状況を生き抜く父と子のすさまじい生存記録だ。
 
 舞台は、町も野山も壊滅的な被害をこうむった近未来の地球。
 厚い雲に覆われた地上には、日の光りが射すこともなく、空を飛ぶ鳥の姿もなく、地を這う獣の気配もない。
 核戦争でも起きたのか。
 あるいは巨大隕石などが地球に衝突し、地球環境そのものが劇的な変化を遂げたのか。
 
 それは、いくら読み進めていっても、なかなか読者には明かされない。
 ただ描かれるのは、焦土と化した街。
 呼吸する生物の気配が絶えた森。
 食べ物を探してさすらう生き残った人間たちの悲惨な姿。
 すでに 「人間」 であることを放棄し、人の死肉を奪い合い、妊娠した女性の胎内から取り出された幼児を、鍋で煮てむさぼる人々。
 
 しかし、それすらも食い尽くすと、やせ衰えた生存者たちは、やがて動く気力も蝕まれ、路上に身を横たえる骨となっていく。
 主人公である父と子は、そういう地獄をさすらいながら、ひたすら 「南」 をめざす。
 
 南には何があるのか。
 何があるのか、それすらも分からない。
 ただ、刻々と寒冷化していく北半球にとどまっていれば、そのまま凍え死ぬことだけは分かっているからだ。
 
 2人が食べるものはどこから手に入れるのか。
 町全体が廃墟と化した民家にもぐりこみ、家屋の中を捜索し、秘密のシェルターに隠された缶詰などを探し出す。
 あるいは、納屋の隅に残された、黒ずんだ籾殻などを煮る。
 
road1
 
 焚き火をする場合は、人から炎が見えない安全な場所を探し、弾丸が一発しか残されていない銃を握り締め、狩人の姿を恐れる野生動物のように、つかの間の眠りをむさぼる。
 
 雨の降りしきる漆黒の闇のなかで、防水シートにくるまりながら、父親は寝息を立てる息子の身体をそっと抱きしめる。
 「お前は俺の心だ」
 人が人を 「食料」 としてしか見ないおぞましい世界を見つめながらも、息子は他者のへ 「愛」 を忘れない。
 
 「ねぇ、あの人食べるものがないんだよ。あのまま放っておいたら死んじゃうんだよ。パパ、あの人に少しだけ残った僕の缶詰をあげてもいい?」
 わずかに生き残った生存者は、子どもからみれば、みな 「同僚・隣人」 なのだ。
 そのけなげな優しい心は、父親にとっては気高いものだと分かる。
 
 しかし、大人の理性はそれを否定しなければならない。
 「その缶詰をあげても、やがてあの人は死ぬ。そして、あげてしまった僕らは、あの人よりも先に死んでしまうんだよ」
 
 子どもを襲おうとしたチンピラを、銃で脅して子どもを取り戻した父親に、子どもは叫ぶ。
 「パパ、撃っちゃだめだよ。あの人を殺さないで」
 
 ようやくたどり着いた海岸。
 灰色の波。
 死んだ砂。
 すでに海中にも生物の影が見えない。
 
 「海の向こうには、僕たちみたいな善い人たちがいるかな?」
 「いるよ、決していないわけがない」
 「パパは嘘をついていない? 本心で言っている?」
 
 少しずつ距離が生まれつつある親子の関係。
 お互いに、かけがいのない存在であると知りながら、人間の優しさを信じる息子と、生きるためには他者を切り捨てなければならない父親の気持ちの間に、音のない風が吹いていく。
 
 この2人の静かな葛藤は、最後の最後に答えを示す。
 
ザ・ロード表紙2
 
 『The Road ザ・ロード』 (早川書房)
 原作は、映画 『ノーカントリー』 の原作を書いたコーマック・マッカーシー (黒原敏行訳) 。
 
 週刊誌のコラムで、椎名誠氏が絶賛していたのを知って、読む気になった。
 
 無人島などでアウトドアを楽しむ椎名氏が、いかにも好みそうな小説だと思った。
 乏しい物資を工面しながら、それを生活道具として作り上げていく父親の創意工夫が面白い。 『ロビンソン・クルーソー』 のようなサバイバル小説の味わいがある。
 
 それと同時に、「人間の誠意」 、「隣人への愛」 という概念のもろさと強さが同時に問われる哲学小説のおもむきも備わっている。
 刻一刻と死に絶えていく地球の荒涼たる描写は、今ある地球がどれほど美しいものであるかも教えてくれる。
 
 

カテゴリー: 映画&本   パーマリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">