シンレッドライン

昔の映画の現代的鑑賞法 13
「 シン・レッド・ライン 」 (1998年)
 
シンレッドラインDVD
 
 この映画では、アメリカ軍がガダルカナル島に上陸してから日本軍基地を壊滅させるまでの、太平洋戦争末期の数週間が描かれている。
 
 しかし、大半の戦争映画と違い、そこには人間の戦意を高揚させるような勇壮さも、アクション映画の爽快さもない。
 画面を埋めるのは、撃たれてカエルのようにのたうち回るおぞましい兵士の肢体。
 自分に迫った死を運命として受け入れることのできない、死にゆく者の断末魔の表情。
 「祖国のため」 とか 「正義の実現」 といった戦いを支える題目から見放され、ただの屠殺場と化した戦場で死にゆく兵士たちの姿が驚くほど淡々とした筆致で描かれていく。
 
シンレッドライン1
 
 この映画を観ていると、戦場の中心部というものは 「動き」 のない世界だということが分かる。
 ただ地面に身を伏せ、ひたすら頭上の弾丸をやり過ごす兵士たち。
 そして立ち上がったときに無慈悲に襲う突然の死。
 生きている者は地を這い、立ち上がる者は死者となる。
 よって、弾丸の飛び交う戦場に 「動く者」 はいなくなる。
 
 一種の 「反戦映画」 といってもかまわないが、制作者の意図は 「反戦」 をメッセージ化することよりも、戦場の現実をリアルに提示するというところにありそうだ。
 
 また、やたらと 「独白」 が多いのもこの映画の特徴だ。気がつくと、必ず誰かが画面の隅でそぉっと囁いている。
 「自分の母は死を前にしてもたじろがなかった」
 「人間はただの土くれに過ぎない」
 それらは、たぶん戦闘中の兵士の頭をよぎる 「つぶやき」 なのだろう。
 この内省的な 「つぶやき」 のせいで、この映画はものすごく静謐な雰囲気を帯びる。
 
シンレッドライン3
 
 監督のテレンス・マリックは、映像の美しさを意図的に追求する監督だという。確かに、ガダルカナルの自然描写は美しい。
 白い入道雲に彩られた真っ青な空。
 涼しげな風が吹きわたる大草原。
 ピクニックに来たらなんと楽しいだろう … と思わせる風景の中で、兵士たちは次々と草の輝きに彩りを沿える大地の 「石」 に姿を変える。
 
 美しい自然と無慈悲な死。
 そのミスマッチ感覚こそ、この映画がいちばん伝えたかったものなのかもしれない。
 
 テーマは何なのか? 
 前述したように、ただの反戦映画ではない。
  
 たいていの反戦映画は、戦争を 「人間の愚行」 として描くことが多いが、この映画においては 「愚かな人間」 は一人も出てこない。
 無理な突撃を命じる鬼軍曹のような人物も登場するが、最後にはその人間も分別ある慈悲深い男として描かれる。
 
 戦争が 「人間たちの愚行」 でないとすると、戦争というのはなぜ起こってしまうのか?
 
 この映画には 「人間に戦争をさせているのは一体誰だ?」 という、何か考えるのもそら恐ろしいような、根元的な問いが秘められている。
 
 映画の終幕近く、兵士たちが船に乗って島を離れるシーンで、遠ざかる島を眺めながら誰かがつぶやく。
 例によって独白の主は分からない。
 
 こんなモノローグだ。
 「あなたがつくったものを、私の目を通して見てください」 。
 
 字幕スーパーの言葉を一度しか見ていないので、正確ではないかもしれない。
 見落としてしまいそうな字幕だったが、ふと気になって考えてみた。
 
 あなたとは誰か? 
 私とは誰か?
 
 おそらくここでいわれている 「あなた」 とは神のことである。
 そして 「私」 とは人間のことだ。
 だからこのセリフは、
 「神様、あなたが作ったこの世界を、どうか人間の目を通して見つめてください」
 という意味になる。
 
 ここに描かれる美しい自然は、神のつくった 「完璧なる秩序」 を象徴している。
 では、その美しい自然を、兵士たちの 「醜い」 死体で満たしていくことを、神は望んでいるのか。
 映画の中でささやかれる兵士のモノローグは、そう尋ねているようにも思える。
 
 日本人には、神がこの世の造物主であるという思想に馴染みがない。
 しかし、キリスト教の伝統と教養の中に育った欧米人は、この地球の全てのものをつくったのは神であるという精神風土の中で生きている。
 
 「神様がつくった世界を、人間の目を通して見てください」
 というつぶやきに込められているものは、
 「全知全能の神が創造したこの世に、なぜかくも悲惨な戦いがあるのですか?」
 という問いに他ならない。
 
 この問いに誰が答えられるだろう。
 宗教者も哲学者も即座には答えられまい。
 
 即座に答えられない問いを抱え込むことが 「哲学」 だとしたら、この映画は、戦争に題材を借りた 「神の存在」 を問う哲学的な映画だということになりそうだ。
 
 

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