携帯小説のリアル

 
 いろいろな領域で地殻変動が起きている。
 書籍には興味があるので、よく本屋にも顔を出すのだが、書店においても 「売れている本」 と 「売れなくなった本」 との間に深いクレバスが広がり、従来の出版状況が激変しているようだ。
 
 しかし、そういう状況を観察する上で、自分には盲点があった。
 若者によく読まれているライトノベルの棚、もしくはケータイ小説の棚。そういうコーナーを素通りしていたからだ。
 だが、新しい潮流はそういうところに生まれていた。
 
 それを教えてくれたのが、杉浦由美子さんが書かれた 『ケータイ小説のリアル』 (中央公論新社) 。
 前にも、ちょこっとだけこの本について触れたことがあったが、全編読み通してみると、いやぁ、いろいろ勉強になりました。
 
ケータイ小説のリアル
 
 この本は、『恋空』 のように、原作も映画も大ヒットして新しい小説ジャンルを打ち立てたケータイ小説をテーマに、なぜそのようなものが生まれてきたのか、そしてなぜヒットしたのかということを分析したものだ。
 
 もちろんマーケティング寄りの省察もあるが、それ以上に、それらの書き手であり読者でもある若者たちの “世界観” を探ることに主眼が注がれている。
 
 現在ヒットしているケータイ小説の書き手は、そのほとんどが無名の素人、特に若い女性である。
 彼女たちは、将来プロの作家になろうとは思っていない。
 表現衝動にまかせたまま書きたいものを書き、それが多くの読者に読まれたことを確認して、大切な思い出にしようと思っている人たちだ。
 
 作家として認められようとは思っていないので、彼女たちは既成の文章フォーマットにも囚われない。
 プロ作家がこだわる 「伏線の張り方」 などという細かい技巧からも解放され、情景描写によって 「主人公の内面を語らせる」 などといったややこしい芸風からも自由。
 ご都合主義的なストーリー展開だと批判されようが、のびやかに、スピーディに結末に向かって駆け抜けていく。
 
 これが、ケータイ作家たちとほぼ同世代であり、同文化圏に生きている若者たちの共感を呼んだ。
 表面的には不幸の連続ではあっても、主人公のこの軽やかなステップ感覚が、多くの若者に 「元気」 を与え、ケータイ小説はポジティブシンキングの大事さを説く 「自己啓発本」 の機能を果たした、と著者の杉浦さんはいう。
 
 では、ケータイ小説の誕生は、従来の 「物書き」 のプロたちをどういう立場に追いやったのか。
 その省察が本書の面白いところだ。
 
 従来の文芸編集者の多くは、作家になにかしらの 「権威ある賞」 を取らせようとする。
 しかし現在、若い世代にはこうした権威付けの意味や背景を知らないし、興味も感じない。
 
 かくして、権威付けを必要と考える作り手がつくり、善し悪しを判断して世に送り出した作品は、ことごとく若い読者のニーズと離れていく。
 
 彼ら古い文芸編集者たちは、「若者たちのリテラシー (読み書き能力) が低いからケータイ書籍のようなクオリティの低いものがベストセラーになる」 と批判するが、今や若者たちの5人に1人が自分のブログを持ち、コメントを返し合い、それを通じて、文字情報によるコミュニケーション能力を高めているという事実を無視してしまう。
 
 『ケータイ小説のリアル』 という本は、この古い文芸感覚と新しい文芸感覚の齟齬を浮き彫りにする。
 ケータイ小説に限らず、すでに書籍のメガヒットは、素人作家から生まれる時代になった。
 リリー・フランキーの 『東京タワー』 。
 劇団ひとりの 『陰日向に咲く』 。
 田村裕の 『ホームレス中学生』 。
 
 これらのミリオンセラーは、有名人によって書かれたものだが、小説のプロが書いたものではない。
 しかし、素人の小説だからこそ、読者にとっては読みやすく、親近感を持って受け入れられる。
 
 こういう傾向に対して、プロの書き手は反論したくなるだろう。
 「誰でも一つは小説が書ける。自分について書けばいいのだから。しかし、その後もずっと書き続けられるかどうか。プロにはそれができるが、素人にはそれができない」
 
 こういう述懐は、昔から 「小説作法」 のような書物で必ず説かれていたものだ。
 しかし、先ほど言ったように、ケータイ作家たちはそもそもプロを目指していない。
 彼らは自分たちを 「一発屋」 であると認めている。
 「自分の作品が一発で終わっても、それに代わる一発屋が現れる。今度はその人の作品を楽しめばいい」
 
 ケータイ小説だけでなく、今や無料で読める一般の人のブログには、面白い文章や新鮮な情報がいっぱい掲載されている。
 プロの出番はないのだ。
 
 こういう風潮の台頭に、従来のプロたちはどうすればいいのか。
 
 著者の杉浦由美子さんはプロの物書きとして、こう語る。
 「記者である私の仕事の大半は “書くこと” ではなく、“取材すること” だと思っている」
 
 つまり、取材していく中で、プロはさまざまな真実が明るみに出てくることの醍醐味を知る。
 その迫真力を伝えられるかどうかに、プロとしての存在が試される。
 彼女はそう言いたいらしい。
 
 プロに支払われるギャラは、仕上げた原稿に対するものではない。
 その原稿を仕上げるために費やした 「取材」 に対する労力、取材対象に対する情熱への対価なのだ。
 
 小説だって、面白いものに仕上げるためには、「取材」 が必要だ。
 書くべき専門領域に分け入っていくとき、それが未知の分野であった場合はとてつもない労力と代償を支払わなければならないことがある。初めての分野においては、誰だって素人なのだから。
 
 でも、その素人目線が鍛えられたときに、プロの凄みもにじみ出る。
 “文芸的感性” を後生大事に、思いつきのアイデアだけでものを書こうとするプロの時代も終わろうとしている。
 ケータイ小説の隆盛は、プロの物書きに対しても、大きな意識変革をもたらすものであるように思う。
 
 
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携帯小説のリアル への2件のコメント

  1. ムーンライト より:

    学校の先生が「将来何になりたい?」と生徒に聞くことはよくありますよね。
    私は、中学一年生の時、担任の先生に「将来、医者になるのか?作家になるのか?」と聞かれました。
    まるで、私がなろうと思えばどちらにでもなれるかのように。
    私は、自分の成績が精一杯のものであることも、自分には個性や創造性がないことも充分に自覚していましたので、「いえ・・・」と曖昧に答えました。
    作家というのは、「どうしても書かねばならない」欲求によって書くものだと思っていました。
    それが、何年前だったか、ある文学賞を受賞した作家へのインタビューを聞いた時。
    その作家は「今度は何を書きたいですか?」の質問に対し、「編集者がいいアイデアを出したら」と答えたのです。
    こんな作家が存在するとは思ってもみませんでした。
    素晴らしい作家は、勿論、大勢おられます。
    しかし、「どうしてもこれだけは書きたい」強い気持ちがあれば、素人にも人の心を打つことはできると思います。
    「ケイタイ小説」を一度も読んだことがないので、ケイタイ小説について論じることはできませんが。
    「はじめまして」とブログを訪問すると「あの、レビューの、ムーンライトさんですか!?」と言われたことが何度かありました。
    私にも個性はあったのだと思いました。
    書きたいことは一つはあったのだ、と。
    中学生の頃それに気づいていたら、自分に失望し自滅せずにすんだのか・・・
    いえ、自分自身が大嫌いだった暗い時代を彷徨ったからこそ、今、書きたいものがあるのでしょうね。

  2. 町田 より:

    >ムーンライトさん
    ものを書くというのは、ムーンライトさんがおっしゃるように、「どうしてもこれを書きたい」という衝動があって、はじめて成立する行為なんでしょうね。ケータイ小説の作家たちも、やはり、やむにやまれぬ衝動に突き動かされて書いているのだそうです。
    その点、プロの作家の中には、それが日常的な仕事になってしまい、「編集者がいいアイデアを出したら…」という気分になってしまう人がいるのかもしれません。
    だから、時に素人の発する強いメッセージの力に、プロの作家が及ばないということも出てくるのでしょうね。
    「これだけは書きたい」という衝動の前では、プロもアマチュアもないように思います。
    どんなに、同じテーマを繰り返そうが、さらに「書きたい」というものこそ本物だと思うのです。なぜなら、同じテーマでもさらに「書きたい」と思う時、書き手は今まで語り尽くしていないものを見つめているわけですから。
    「書きたい」ものが、いまだ霧の中にあって、その姿をはっきりさせるために、一つ一つ言葉を探して行くという行為は、精神的にはシンドイ作業ですが、それこそ人間に与えられた最高の「楽しみ」ではないかという気もしています。
    プロであろうがアマチュアであろうが、自分の書きたいテーマがひとつあるということは幸せなことです。
    そういうテーマをひとつ大事に抱え込むことのできたムーンライトさんを、時にうらやましく思うこともあります。

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