エドガー・A・ポーの怪奇小説

 
 小説を読むときは、ミステリーよりホラーがいい。
 … と、このブログでもずっと昔に書いた気がする。
 
 真犯人を確定するまでの筋道が数学的なロジックで固められているミステリーを読んでいると、文系の自分は、途中から脳ミソがふやけて思考停止に陥ってしまう。
 
 しかし、最初からぐちゃぐちゃのホラーは、そういう心配がない。
 だから「ホラーが好き」というわけでもあるのだが、むしろ自分の読書体験の原点がホラーだったという方が、より正直な言い方になるかもしれない。
 
 本など読まない子だった。
 国語の時間も大嫌い。
 それが一転して、読書という喜びを知る子になったのは、中学1年か2年頃に読んだエドガー・アラン・ポーの短編のせいである。
 
エドガーポー肖像
▲ エドガー・A・ポー肖像
 
 あの頃、旺文社あたりから『中学時代』とかいう学習雑誌が出ていた。
 その付録に、ポーの『アッシャー家の崩壊』を要約した小冊子が付いてきた。
 夏休み中の退屈な午後、寝転がって読み始めたら、止まらなくなった。
 
 「雲が重苦しく立ちこめた、物憂く暗い秋の日を、終日、私はただ独り馬にまたがって、妙にもの淋しい地方を通り過ぎて行った」
 … という書き出しで始まるこの小説は、もうそのイントロの 2~3 行で、「こいつは怖そう! 夏にぴったり」という期待感を私に抱かせた。
 
フリードリヒ絵画1
▲ フリードリッヒの描く絵画は「アッシャー家の崩壊」の冒頭シーンを彷彿させる

 主人公がそこで見るのは、崩壊寸前の荒れた屋敷。
 変わり果てた旧友の姿。
 病者の幻想が生んだかのような、奇怪な芸術群。
 死んだはずの旧友の妹が、舘の中で、密かに復活しているのではないかと思えるような不吉な予兆の数々。
 
 西洋ホラーの原型ともいうべき大道具、小道具がすべて揃えられ、それがあたかもクラシカルな品格に彩られた古芸術品の展覧会を見るような臨場感を持って迫ってくる。
 
 「四谷怪談」とか、「番町皿屋敷」といった日本風の怪談にはなじんでいたけれど、森と泉に囲まれた「ブルーシャトー」のような洋風舘で繰り広げられる “怖ろしい話” というのははじめてだった。
 雲間から下界を見下ろすような、未知のパースペクティブが突然目の前に広がる気がした。
 
 こりゃ怖いやぁ。でもすっごくオモシレー。
 学習雑誌の付録である要約本では物足りなくなった。
 
 そうしたら、たまたま両親の本棚に、要約本ではない E ・A ・ポーの短編を集めた完全本があったのだ。
 こっちは大人を対象にした小説集だったので、ところどころ難しい漢字も出てきたように思うけれど、そんなところは読み飛ばして、むさぼるように一から読み直した。
 
ベックリン死の島
▲ ポーの小説の雰囲気を絵画に置き換えると、このベックリンの「死の島」なんていうのも近い
 
 E ・A ・ポーという作家は、『モルグ街の殺人』を書いたことによって、現代的ミステリーの創始者のように扱われることがある。
 でも、自分にとっては、「ミステリーを超えた作品」を残した作家としかいいようがない。
 
 確かに、名探偵が明快な推理を働かせて真犯人を特定していくという手法を紹介した『モルグ街の殺人』は、その後に続いた無数のミステリー群の原型と呼ぶにふさわしい作品であった。
 
 しかし、その犯人を “ああいう存在” (ネタバレ防ぎの表現でゴメン…)として描いたということ自体が、世界で最初のミステリー作家でありながら、結果的にその後の続くミステリー作家たちを軽々と超えてしまうポーという小説家の凄さである。
 
 で、ポーという作家の本質は、ミステリーの手法 … すなわち厳密な整合性が求められる合理的な手法で、合理では解明できない世界に描くところにあると思っている。
 
 彼は詩人であると同時に、詩の研究者でもあった。
 詩が読者に与える「感動」とは、どういうメカニズムから生まれてくるのか。
 そんな科学的な研究に没頭しながら、彼は結果的に、論理では説明し尽くせない詩の「余韻」のようなものを表現する神業(かみわざ)を手に入れた。
 
 詩作もいっぱい残している人だから、小説を書いても、言葉ひとつひとつの吟味がタダモノではない。
 この文脈ではこの言葉しかないという一言が、びたびたハマる。
 
 おかげで私は、この本に登場する単語のひとつひとつが、紙に刻印された記号ではなく、みずみずしい精気を放つ “生き物” として立ち上がってくるのを感じた。
 たとえば、
 「憂愁」、憂鬱」、「倦怠」、「衰弱」、「孤独」、「退廃」
 などといった精神の退行を示すネガティブな単語群が、ポーの小説では、禍々しい光を帯びて、沼に浮かぶ睡蓮のように妖しい花を開かせる。
 
 その「明」と「暗」、「美」と「醜」が逆転するポー独特の力学に、免疫力のなかった自分はたちまち感染した。
 このときほど、「死」というものが、甘美で優しいものとして寄り添ってきたことはない。
 
フリードリヒ絵画2
 
 ポーは、27歳のときに、わずか13歳という妻を手に入れる。
 そして、彼女が24歳になったときに、死別が訪れる。
 
 この死んだ若い妻に対する思慕が、ポーに無数の耽美的な詩や短編を書かせるインスピレーションを与えることになった。
 作品を書くか、酒を飲むかしているときにだけ、ポーの妻は死者の国から蘇る。
 意識が覚めると、妻は死者の国に戻っていく。
 彼女があの世に戻らないようにするためには、彼は書き続けるか、飲み続けるしかない。
 
 しかし、過度の飲酒が、徐々にポーの心と体をむしばんでいく。
 ポーの衰弱と引き替えにこの世に登場した作品群は、どれも「病理」と「憂愁」と「退廃」を、ひとつの美学として昇華させるものばかりだった。
 
 世の中でネガティブに語られるものの中にこそ、むしろ「美」がある。
 子どもと大人の中間領域に立って、自分の行き場を失っている少年には、時としてこのような価値転換が、魔神の来迎(らいごう)のように訪れることがある。
 
 14歳ぐらいの少年が、ときどきとんでもない犯罪をやらかすことを、世間では教育や社会の問題として解釈しようとする。
 しかし、違うのだ。
 この歳の少年というのは、「美」と「醜」、「聖」と「邪」、そして「善」と「悪」が価値転倒を遂げるという、精神の亀裂を体験してしまう。
 
 自分にとっては、ポーの小説が引き金になったけれど、おそらくそういうことは誰にもあるだろう。
 犯罪やドラッグや無軌道なセックスが、価値転倒の結果として、魔人が来迎するかのように、子供たちの心に降臨することだってある。
 
 「死」というものが、ロマンチックな情緒として意識に浮かび上がってくるのもこの頃だ。
 ポーが、繰り返しその詩や短編に盛り込んだ「死」の気配は、自分にとっては、学校教育が教える「生の尊さ」よりも、はるかに魅力的に思えた。
 
 ちょっとした先生のお説教では、ポーに勝てない。
 死んだ妻の美しさをたぐり寄せるために傑作を残したポーと拮抗できるほどの人間が、ポーと同じくらいの切迫感をもって「生」の美しさを説かないかぎり、耳を傾ける気がしない。
 生意気にも、そんな風に感じていた時期もあったように思う。
 
 で、いまだに私は、ポーの支配権の中で生きている。
 「死の美学」なんていう恥ずかしい言葉を口にする気は毛頭ないけれど、いまだに日常生活の中に訪れる「小さな死」を見つめる視線があることに気づく。
 
 それは、夏の炎天下から逃れて木陰に逃げ込んだときに、ふと感じる秋の気配。
 そのようなものだ。
 そこに、「夏の死」がある。
 
 銀杏並木の葉が、目の前で、にわか雨のように葉を落とす瞬間がある。
 そこに、「秋の死」がある。
 
 人で埋め尽くされていた公園に、一瞬だけ人影が絶えて、がらんとした空気がみなぎる時がある。
 そこに、「時間の死」がある。
 
 そういう微かな予兆のように訪れる「小さな死」を、いつも見つめて生きている。
 
 
 ホラー小説ネタ「キャンプ怪奇小説 『柳』」

 ホラー小説ネタ 「ホラーの時代」
 
 ホラー小説ネタ「性愛と闇の文学 『楽園』」
 
  
 

カテゴリー: 映画&本   パーマリンク

エドガー・A・ポーの怪奇小説 への2件のコメント

  1. 磯部 より:

    死んでなんぼ、生きてなんぼ。
    その狭間をうろうろするような死生観っていうのは、私の到達点でもあるような気がします。
    そう思わないかぎり、生きていても常に不安がつきまとう心理。
    これって、ネガティブ?
    私は、本当の強さって言うのは、そこら辺をどのくらい知っているか?に尽きると思うんだけれどな。
    町田さんはどう思います?

  2. 町田 より:

    >磯部さん
    >「死んでなんぼ、生きてなんぼ」。そういう境地って、けっしてネガティブではないと思いますよ。
    両親の死、ペットの死など、親しい者たちの死を見つめながら、彼らが残してくれたものをいつも考える。
    それが「強さ」につながるかどうか分からないけれど、少なくとも、人間の「厚さ」にはなると思っています。
    …この頃は、自分がこの世に残せたものは何だろう…とときどき考えることがあります。たいしたものは残していないけれど、いくつか思いついたとき、少しだけ不安が取り除けますね。
    年をとってきたということなんでしょうけれど…。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">