殉教カテリナ車輪

 飛鳥部勝則氏の書いた 『殉教カテリナ車輪』 (創元推理文庫) というミステリーは、絵に描かれた謎を解くことで犯人を特定するという面白い構成を持った作品である。
 
殉教カテリナ車輪
 
 一般的に、絵に描かれたものの意味を解くことで、その絵に込められたメッセージを読み解く学問を 「図像学」 という。
 
 西欧の古典絵画では、絵が民衆にメッセージを伝えるメディアとして機能するという部分があったので、昔の絵画では、その絵の背景に描かれたひとつひとつのものが何かの意味をはらんでいた。
 たとえば、百合の花は 「純潔」 を象徴し、犬は 「忠義」 を意味しているというような約束事や決め事が定まっていたのだ。
 
 この 『殉教カテリナ車輪』 という小説では、その 「図像学」 を “犯人探し” に使おうという、きわめて面白い試みがなされている。
 
 謎解きのヒントとして出される2点の絵が、巻頭にグラビアとして掲げられている。
 
 まず、このグラビアが人の目を引く。
 作者自身によって描かれた絵だというが、謎めいていて、官能的で、妙に記憶に残る。
 ちょっとばかり野暮ったいセンスなのだが、そこが逆に、昭和初期の大衆雑誌の挿し絵風で、なんとも扇情的だ。
 
 
 
 ミステリーなどほとんど読まない自分が、思わずこの文庫本を手に取ったのは、何よりも 「絵の謎を解く」 という設定自体が趣味にかなったからだ。
 推理小説は好きではないが、絵画の意味を推理したりすることは好きなのだ。
 

 
 本書の構成は大きく三つに分かれる。
 第一部は、美術館に勤める学芸員が語り手となって話が進む。
 
 町のローカルアーチストの作品を集めた美術展が開催されたとき、主人公の学芸員は、ある絵に注目。
 興味を持ったきっかけは、たまたま、その絵に描かれたモデルが彼の 「妻」 に似ているというだけのことだったが、絵の持つ奇妙なインパクトに好奇心を抱いた学芸員は、作者のことを調べ始める。
 
 すると、その無名の画家が、すでに自殺を遂げている人間だということが分かってくる。
 自殺の動機は不明。
 その画家が何を悩み、何に苦しんでいたかを知る手がかりもない。
 死後に残された絵は、たった3点のみ。
 その3点の絵には、どれも不思議なメッセージが隠されているように見えるのだが、その意味がつかめない。
 
 さらに興味を持って、その画家の周辺を探っていくと、画家に関係した人々の間で迷宮入りした 「密室殺人事件」 が起きていたことが分かってくる。
 学芸員は、画家の残した絵に事件の謎を解く鍵がありそうな気がして、図像学の知識などを動員しながら、絵解きを始める。
 
 その作業の過程で、死んだ画家の特異な境遇や精神状況が少しずつ浮かび上がってくるのだが、事件を包む闇はますます深さを増すばかり。
 
 しかし、第一部の終わりに、事態は急展開する。
 偶然にも、ひとつの絵の裏から画家が残した 「手記」 が発見されたからだ。
 
 第二部は、その画家の 「手記」 という形で進む。
 その手記から、謎の絵を残した画家が、一人の少女に特別な思いを抱いていた様子が浮かび上がってくる。
 
 画家の少女に対する思いは、世間的に見ると不倫の匂いを放っていたが、画家にとっては 「純愛」 であり、その少女の存在自体が、芸術活動をうながすインスピレーションの根源となっている。
 もちろん2人は 「男女の仲」 になったわけではない。
 画家が少女に寄せる思いは、宗教的なものを感じさせるほど禁欲的である。
 
 しかしながら、そこには濃密なエロスがみなぎっている。
 それが、その画家が描いたとされる絵 (巻頭のグラビア) からも伝わってくる。
 
 交際していた2人は、やがて、画家の家族や少女を巻き込んだ殺人事件に出会う。
 殺された人物が少女と特に関係の深い人間だったので、小説の中では、その画家もまた容疑者の一人である可能性を帯びてくる。
 しかし、真相はもちろんまだ深い闇の中。
 
 第三部には、第一部で語り手を務めた学芸員の同僚が登場する。
 この同僚が新しい語り手となって、迷宮入り事件の真犯人と絵の謎を解明することになる。
 
 同僚は、まず画家の書いたとされる 「手記」 そのものに疑問を持つ。
 そして、手記の矛盾点、ほころびを解きほぐすことによって、じわじわと真犯人を割り出していく。
 そして最後には、自殺した画家が不思議な絵に託した 「真意」 も明らかにする。
 
 作者の狙いは見事に成功!
 絵の謎解きと、事件の謎解きが同時に進展していくという発想が面白い。
 読者は、主人公たちが絵の意味を解明していくたびに、常に巻頭に掲げられた絵を見直すことになる。
 すると、不思議!
 絵そのものの印象が、最初に見たものからどんどん変わっていく。
 
 近年のベストセラー、中野京子氏の 『怖い絵』 と同じ構造だ。
 ただ、「絵」 の解釈が事件解明につながるような展開を見せながら、結局は「手記」 という “言葉” の世界に属するものが、犯人確定につながるという設定には惜しいものを感じた。
 
 もし、これが 「絵」 を解くことによって犯人が割り出される展開になっていたら、それこそ今までのミステリーを超えるものになっていたと思うが、ちょっと残念。
 しかし、試みとしてはとても面白いものだった。
 
 この作家には、ミステリー以外のものも期待したい。
 ミステリーという 「答を出さないと読者が納得しない世界」 とはひと味違ったものにも、ぜひチャレンジしてもらいたい。
 
 ミステリー…それも本格派が好きでない自分から言わせると、謎が解明されてしまうから、ミステリーはつまらないのだ。
 ダ・ヴィンチの描いた 「モナリザ」 が永遠の名作となっているのも、あの絵に秘められた謎を解明する手がかりがないからだ。
 真犯人が誰だが分かることよりも、読み終わった後に 「素晴らしい謎」 が残ることの方がうれしい。
 

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