クッキー最後の秋

 大木トオルさんと、その愛犬チロリの出会いと別れを描いた番組、『アンビリバボー』 を観ていて、カミさんが泣き出した。
 
 大木さんが、死に行くチロリを前に号泣しているシーンだった。
 分かるのだ。
 わが家にも、あのような別れがあった。
 
 クッキーという名の犬がいた。
 初代のクッキー。
 今のクッキーと同じ、ミニチュアダックスフンドのメスだった。
 チロリほどの名犬とはとてもいえぬ犬だったが、チロリと同じように、「人の気持ち」 が分かる犬だった。
  
 
 
 13歳の秋、肺が冒され、呼吸不全に陥った。
 動物病院から酸素ボンベを借りて、ケージにビニールをかけ、酸素が少しでも肺に回るようにして、必死に看病した。
 その状態で、1週間が過ぎた。
 
 会社から帰るたびに、「今日はエサを食べた?」 と、カミさんに聞くのが日課だった。
 もうドッグフードではなく、柔らかくて、消化によく、かつ本人が好きだったものは何でも食べさせるようにしていた。
 チーズやハム。
 そんなものが好きな犬だったが、栄養過多になると思って、なかなか食べさせることもなかった。 
 
 でも、もうそんなことを考えている場合ではないと思った。
 しかし、あれほどの好物でも、だんだん食べる元気がなくなっていくのが見える。
 ただ、おとなしく、じっと皿の上のチーズを眺めている。
 
 動物病院の医者からは、「あと持って3日」 と言われていた。
 だから、1週間が経過した頃、「ひょっとして持ち直すかも…」 と淡い期待を抱いたが、やはりその気配は見えない。
 
 出張が入った。
 1泊だけの旅行だったが、大事な仕事なので、断るわけにもいかない。
 出張先に、朝、カミさんから電話が入った。
 何の電話か。
 
 話を聞く前に分かってしまった。
 取材相手に失礼にならないように丁重に断りを入れて、取材を早めに切り上げ、急いでクルマに飛び乗った。
 
 晴れ渡った秋の朝だった。
 田舎道だから、やたら空が広い。
 雲ひとつない透明な空の上を、一本のヒコーキ雲が立ち昇っていく。
 静まり返った景色の中で、その白い柱だけが生きていた。
 「あ、クッキーが天に行く」
 そう思った。
 
 家に戻ると、静かに眠っているようなクッキーがいた。
 
 夕べ、珍しくクッキーが立ち上がり、
 「あなたが帰ってくるのを待つように、ドアの方を見続けていた」
 と、カミさんは言う。
 最後の別れを言うつもりでいたのかもしれない。
 
 「今晩は帰ってこないのだから、立っていると疲れるから、横になりなさい」
 と言っても、ドアが開くのを待ち続けていたという。
 
 そして、今朝。
 久しぶりに、ケージから出ようとする素振りを見せたのだという。
 だから、たまには外の空気を吸わせてみようと、カミさんはケージの扉を開けた。
 クッキーは2、3歩元気に歩み出し、べランドの窓に前足をかけた。
 そして、その姿勢のまま、ふわりと仰向けに倒れた。
 
 急いで抱き上げたとき、すでに呼吸は止まっていた。
 一瞬、何が起こったのか分からないほどのあっけなさだったという。
 
 ペットを埋葬するための施設に電話を入れ、小さな棺を購入して、いつもくるまっていた毛布と好きだったチーズを一緒に入れて、火葬した。
 
 火葬場の裏は公園になっている。
 夕暮れが迫り、地面に落ちる木の陰が長い模様を描いていた。
 
 影はどこまでも伸びて、その果てが見えない。
 空を見上げると、木々の葉の間に、最後の陽の光りが舞っていた。
 その場に立ち尽くしたとしても、もう後を追ってくる軽やかな足音は聞こえてこない。
 
 こんな淋しい秋の風景を見たのははじめてだった。
  
 あれから3年目の秋が来る。
 あの日、家に戻る前に見たヒコーキ雲と、秋の公園に落ちた木の影は、いまだに忘れることがない。
  
 

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クッキー最後の秋 への8件のコメント

  1. スパンキー より:

    クッキーは幸せ者ですね。
    僕も幼少時、愛犬がいましたが、ヒラリアが原因で天国へ。
    そのショックがトラウマで、いまだ飼ったことがありません。
    いや、しかし町田さんの文章を読んでいて、また飼ってみるのもいいかな?とも思っています。
    だって愛っていいじゃないですか!

  2. TOMY より:

    ペットを飼ったことのある人は皆同じ経験をするのですね。
    我が家でも昔犬を飼っておりました。我々子供達が好きで飼ったのですが、もっぱら世話は両親がしておりました。
    特に私などは自分が遊ぶのが忙しく、犬の散歩もほとんどしませんでした。そんな我が家の犬が十歳を過ぎたころ、私が学校へ行く時には普段は犬小屋から出てきたことが無いのに、その朝はとぼとぼと出て来ました。その姿は、頭をもたげ全身の毛の色艶が無くなっていました。普段は声も掛けた事の無い私でしたが、その時だけは「お前も歳だな、元気で長生きしろよ」と言って珍しく頭を撫でたことを覚えております。その日の夜家に帰ると、母から我が家の犬が亡くなった事を聞かされ、何ともいえない悲しさを今でも忘れられません。それ以来我が家では、その時の悲しさが嫌で犬を飼う事はありません。たとえ動物でも(特に犬は)、長い間一緒に暮らしていると家族同様になってしまうのですね。

  3. 町田 より:

    >スパンキーさん
    ペットは、「家族」 であり、「仲間」 であり、「教師」 であり、「おもちゃ」 であり、要するに、飼い主の気分に応じて、どんな役目も引き受けてくれます。
    トラウマから脱して、また飼ってあげてください。良い飼い主に恵まれるということは、ペットにとっても幸せなことだと思います。
    スパンキーさんなら、きっとペットに優しい素敵な飼い主になれると思うので、スパンキーさんの家に入ったペットも、「幸せ者」 であるように思います。

  4. 町田 より:

    >TOMYさん
    犬は、自分の最後を知ると、必ず飼い主に挨拶をよこすようですね。多くの飼い主は、「あれが挨拶だったのか…」と、後で知ることでショックを受けるようです。
    自分はクッキーの死に目には会っていないのですが、前の晩、じっとドアを開くのを待っていたという姿は想像できます。その姿を思い浮かべると、やっぱり辛いですね。
    その後、しばらくペットは飼えない…と思っていたのですが、気を取り直して、「生まれ変わり」 を手に入れようと思い直しました。
    だから、名前も同じ「クッキー」。
    前のクッキーにしてやれなかったことを、いろいろしてやっています。
    猫っ可愛がりに可愛がるのではなく、適正なエサを与えて健康管理してやるとか。
    そういう “供養” の仕方もあるような気がします。

  5. ムーンライト より:

    町田さん。「チロリ」をご覧になったのですね。
    あの番組は「名犬チロリ」と写真集「EYE CONTACT」を合わせたような構成でした。
    大変な反響を呼び、「チロリ」に泣いた方が大勢おられました。
    町田さんのようにクッキーちゃんという大切な家族をなくされた方なら尚更でしょう。
    町田さんの帰りを待っていたなんて・・・会いたかったのでしょう。
    チロリを見つけたのは、大木さんがかつて療養生活を送った結核療養所の廃墟。
     野良犬にブルースを歌って聴かせていた所。
     死の恐怖。すべてを失った絶望。
     そして、「もう一度歌いたい。生きたい」と願った所。
    私は、大木さんはチロリにご自身を重ねたのではないかと思うのです。
    CD「EYE CONTACT」のジャケットの写真は2005年の大木トオル・クリスマスディナーショーの時のものです。
    (写真のアングルから考えてこの写真を撮った方は私のすぐ側にいらしたと思います)
    チロリはステージに車椅子で登場しました。
    この時、既に病気が分かっていたのかどうかは分かりません。
    私は、高齢のため疲れているのだと思っていました。
    大木さんはステージに連れてきたくはなかったのかもしれません。
    でも、チロリは大木さんの側を離れたくはなかったのでしょう。
    大好きなお父さんだったのですから。
    そして大木トオルさんは今も我が子・チロリに「ありがとう」を言い続けているのだと思います。
    チロリへのラブソング「Sweet Little Darling」は CD『Soulful』に収録されています。
    私もこの番組を見て泣きました。
    今年も都合をつけてクリスマスディナーショーに行きたいと思っています。

  6. 町田 より:

    >ムーンライトさん
    大木トオルさんとチロリの交流を描いた番組が放映されるということを教えてくださったのはムーンライトさんです。以来、その日だけは残業をせずにまっすぐ帰ろうと思っていました。
    今回のムーンライトさんの説明で、番組制作の背景ともなったエピソードも分かり、さらに感慨も深まりました。
    あの番組を観ていて思ったのは、犬と人間の交流というのは、時として、人間と人間同士の交流よりも意志が通じ合ったり、たくさんのことを教えたり教えられたりする関係が持てるだなぁ…ということでした。
    キャンピングカーユーザーの間では、子育てが終わったシニア夫婦が、犬を連れてキャンピングカー旅行を楽しむ傾向が強まっています。
    そういう状況は、「子供が旅に着いてこない寂しさをペットで紛らわせる」という見方をされてしまうことも多いのですが、子供とはまた違った新しい家族のありようが反映されているように思います。
    そういえば、迷惑コメントを削除する際に、間違って消してしまったムーンライトさんのコメントがひとつあります。それが、この大木トオルさんの番組をお教えいただいたコメントでした。
    この場を借りて、お詫び申しあげます。

  7. ムーンライト より:

    町田さん。
    「その日だけは残業をせずにまっすぐ帰ろう」と思っていたのだが」ということもよくあります。
    ご覧いただけて大変嬉しいです。
    昨年のディナーショーでご一緒した方も見落とされまして、こんな記事をアップされました。
    (ディナーショーの様子も載っています)
    http://blog.goldenforest.net/archives/51121097.html

  8. 町田 より:

    >ムーンライトさん
    ご紹介いただいたアドレスを頼りに、「津山軍団」さんのブログにもアクセスしてみました。ディナーショーの様子も鮮明な写真で紹介されていて、興味深く拝見しました。記事中、ムーンライトさんのことも書かれていましたね。
    大木トオルさんの素晴らしさを知るためのネットワークが静かに浸透している感じを受けました。
    また、いろいろな情報をお寄せください。

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