拳銃の報酬

《 昔の映画の現代的鑑賞法 8 》

「拳銃の報酬」(1959年)

 小さい頃、何度か親父に映画に連れていったもらったことがある。
 しかし、記憶に残っているのは、この一本しかない。
 『拳銃の報酬』
 原題は、「ODDS AGAINST TOMORROW (明日に賭ける)」
 ギャング映画だ。


  
 お袋が、
 「あなた、家の中でごろごろしていないで、休日なのだから、子供を遊園地にでも連れて行ったら」
 などと、親父を焚きつけたのだろう。
 お袋がこのように指示を出さないかぎり、親父は、子供に対しては不器用な男であり続けた。
 
 私たちは、人もまばらな午後の電車に揺られて、新宿に出た。
 「ピストル映画でも観るか?」
 親父にとって、ギャング映画も西部劇も、みな “ピストル映画” だった。
 彼が、本当にそういう映画を好きだったのかどうか、分からない。
 たぶん、子供はみな、ピストルを撃ち合う活劇映画を好むはずだ … ぐらいの認識だったのだろう。
 
 私は、素直な笑いを顔に浮かべたかどうか。
 なにしろ、どんな会話を交わしたことやら、とんと思い出せない。
 おそらく、2人ともぎこちなく並んで歩いていただけだと思う。
 日頃、子供と遊ぶ時間が取れない親父の、思いっきり不器用な休日だった。
 
 当時の新宿は、まだ田舎臭かった。
 新興都市の猥雑さはあっても、田舎の寂しさがたぶんに残っていた。
 それでも、東口には中村屋があったり、紀伊国屋書店があったりして、それなりに活気があった。
 
 しかし、西口には発展のかけらもなく、駅前に居酒屋や喫茶店があったかと思うと、そのままダラダラととりとめもなく住宅街につながっていた。
 高層ビルなどは陰も形もない。
 夕空を飛ぶカラスが、そのまま山にでも帰っていくような景色が広がっていた。
 商店街が途切れる一角に、「場末」という言葉がぴったりの映画館があった。
 
 『拳銃の報酬』という看板がかかっていた。
 親父にとって、おあつらえ向きの “ピストル映画” だった。
 
 休日の物憂い午後。
 客の入りもまばらだった。
 このとき観た 『拳銃の報酬』 は、後に 「フィルム・ノワール」 の傑作とまでいわれるほど、マニアックなファンの間で評判となった。
 
 監督は、ロバート・ワイズ。
 後に、「ウエストサイド・ストーリー 」、「サウンド・オブ・ミュージック」の監督として知られることになる。
 主役は、黒人歌手のハリー・ベラフォンテと、白人俳優のロバート・ライアン。
 この 2人が、元警察官の老人(エド・べグリー)の仲介により、銀行強盗の仲間としてトリオを組むことになる。
 
 ハリー・ベラフォンテの役は、クラブの専属歌手。
 しかし、彼は、別れた妻子への生活費の支給も思うようにいかず、競馬の借金もかさんで、暗黒街のボスから、「金を返さないと妻子に危害を加える」と脅されている。
 一方のロバート・ライアンは、殺人の前科があるため就職も思うようにいかず、情婦に養われながら鬱屈した日々を送っている。
 
 金が欲しくてうずうずしている 2人。
 (というよりも、今の状況から抜け出したくて仕方がない 2人)
 そういう状況を察した元警察官の老人が、彼らに銀行強盗のアイデアを持ちかける。
 しかし、ロバート・ライアン演じる中年男は、大の黒人差別主義者。
 「黒人が仲間に加わるなら、俺はやらない」
 と、老人に駄々をこねる。
 
 一方、黒人のハリー・ベラフォンテは、そういう人種差別主義者に、激しい憎悪を燃やす。
 最初から、波乱含みの人選なのだが、この計画には、どうしても黒人が加わる必要がある。
 
拳銃の報酬2
 
 つまり、狙った銀行は、 6時になると数人の従業員を残しただけでシャッターを閉めてしまうのだが、その15分後には、レストランから運び込まれる夜食を仕入れるために、一瞬だけ裏口を開ける。
 その夜食を届けるのが、いつも決まった黒人の給仕。
 ハリー・ベラフォンテがそいつに成りすまして、開いたドアをからまんまと銀行に入ってしまおうというのが、元警官の老人が立てた計画だったのだ。
 
 計画は、結局ロバート・ライアンの人種差別が災いして、破局に至る。
 しかし、子供心に、ものすごく印象に残った映画だった。
 モノクロームの映像と音楽がよかった。
 音楽を担当したのは、MJQ。
 ピアニストのジョン・ルイスが、わざわざこの映画のために、テーマ曲 「ODDS AGAINST TOMORROW」 を書いている。
 

 
 そんなことを知ったのは、ずっと後のことだが、たぶんこの映画で、私はジャズという音楽を初めて意識したことになる。
 それは、子供が知らない大人の世界を感じさせる音楽だった。
 この映画が、とても強い印象として残ったのは、人種差別という社会派的なテーマとは関係なく、
 「ああ … 大人って辛いんだ」という思い。
 「生きることって、悲しいんだ」という思い。
 でも、大人の辛さと悲しさには、「陰影がある」といったような、様々な思いを抱いたからだ。
 それは、コントラストの強いモノクロの映像と、クールなジャズの響きがもたらしたものだと思う。

▼ 映画の中に挿入されたハリー・ベラフォンテの歌うシーン。切なさが滲んでくる

 
 音楽が画面に及ぼす支配力は強い。
 買い物客であふれるニューヨークの映像も、ワルツでも流れていれば、人々が舞踏を楽しんでいるように見えるだろうが、クールなジャズがかかると、華やいだ人々の笑顔の裏に、けだるい孤独が浮かび上がる。
 
 都会に生きる人間の、砂を噛むようなやるせなさ。
 同じ生活が続いていくことの、とりとめのなさ。
 今の生活から脱出したいという、身をよじるような焦燥感。
 そういう主人公たちの切実感が、テーマ曲「ODDS AGAINST TOMORROW」の暗い甘さとともに、胸の奥にまで忍び寄ってきた。
 
 映画を観終わった後、私と親父はどうしたのだろう。
 中村屋にでも寄って、カレーでも食べたのだろうか。
 
 親父が、この映画をどう思ったか分からない。
 たぶん、映画の感想を語り合うほど、私は言葉を持っていなかったし、親父の方も、なにがしかの感想を抱いたとしても、それを子供が理解するとは思っていなかっただろう。
 
 だいぶ後になって、私はこの映画のテーマ曲の入った MJQ のアルバムを手に入れた。
 自分がジャズというものに最初に触れた、記念すべきアルバムだと思ったからだ。
 しかし、私は、この映画のこともテーマ曲のことも、親父の前で話すことはなかった。
 
 アルバム自体は親父が死んだ今も、時々、思い出したように聞く。
 自分で買ったアルバムなのに、親父からのプレゼントであるように感じることがある。
 
 
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拳銃の報酬 への2件のコメント

  1. 磯部 より:

    当時(?)の新宿の風景が、とても新鮮で驚きでした。
    私は、横浜しか知らないから。
    いや、町田さんってホントに都会っ子なんですね!
    映画のことはさておき、何故か親父さんとの関係をとても興味深く読んでしまいました。
    私も同じような体験をしているので…
    私の場合は「妖星ゴラス」という、どうでもいい映画でしたが。

  2. 町田 より:

    >磯部さん
    ここに描いた新宿がいつぐらいの新宿なのか、正確にはちょっと分からないのです。「拳銃の報酬」という映画が作られたのは1959年ですから、その年から、もしかしたら、それより数年遅いのか。
    いずれにせよ、私が小学生でしたから、1960年の初期までの時代だったことは確かです。
    昔の親父たちって、今のお父さんたちと比べると、みな子供に対して不器用だったように思います。
    でも、なんかその不器用さに「誠実さ」が伴っていたようにも感じます。
    それもまた「いいなぁ…」って、最近は思うようになりました。

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