とにかく文は短く

 
 『文章のみがき方』という本を読んだ。
 最近、企業や組織の理念などを広報する仕事も増えてきたので、ここらで、「むずかしいことを平易に書く」技術を再勉強した方がいいな…と思ったからである。
 
文章のみがき方表紙
 
 企業姿勢などを広く訴えていく文章では、ブログのように「…ってなことなんだけど…」ってな言い回しが、使えない。
 「地球と人類の共存をテーマに、地球資源を浪費する今の生活構造から脱却して、持続可能な…」
 というような書き方が要求される。
 そういう雰囲気で書いたつもりの記事だったが、テキストを送った発行元の本社校閲部から、表現の変更を求められた。
 
 その指示箇所を見ると、
 これがまた、まさにブログ的に「…ってなことなんだけど…」風の荒っぽい書き方をしているところなんだわ。
 いかんよなぁ。
 
 で、にわか勉強のつもりで、本屋に平積みになっていた辰濃和男(たつの・かずお)さんの『文章のみがき方』(岩波新書)という本を買った。
 著者は、朝日新聞のコラム「天声人語」を受け持たれたこともある方で、基本的には「天声人語」の書き方という印象の本になっている。つまり、コラムニストやエッセイストを目指している方にはとても参考になる書物なのだ。
 
 で、読み終わった感想。
 「素人は、書いたものの3分の2は削った方がいい」
 と主張する本だと、私には思えた。
 とにかく、やたら文章を削れという教えが目立つ。
 そう主張する過去の名文家たちの引用も多い。
 
 たとえば、
 「文章の中の、ここの箇所は切り捨てた方がよいものか、それとも、このままの方がよいものか、途方にくれた場合には、必ずその箇所を切り捨てなければいけない」(太宰治)
 …という感じである。
 
 辰濃さんは書く。
 「自分が書いた文章を削るときは、誰でも “もったいない” という気持ちが働く。でも、ときには蛮勇をふるっても削ったほうがいい。読み手は、ちょっと冗長だったり、くどいところがあれば、もう読むのを止める」
 
 この忙しい時代、誰だって、他人の書いた長くて退屈な文章につき合っているヒマはない。
 しかも、「長くて退屈な文章」というのは、その多くが、作者の自己満足の結果を反映したものに過ぎない。
 自分の自慢話が加わるから、文章が長くなるのだ。
 
 辰濃さんは、こうも言う。
 「気のきいた文章を書くてっとり早い秘訣は、自分がピエロになって、自分の欠点を容赦呵責なく書くことである。
 逆に読み手の強い反感を買うのは、自分の欠点を書いたようでいて、実は、自慢話になっている文である」
 
 これは、姫野カオルコさんのエッセイからそのまま引用した文章らしいが、それが、そのまま辰濃さんの意見に重なっている。
 「自慢話よりも失敗談。私たちの多くは、海に身を投げた平知盛や北海道で戦死した新撰組の土方にひかれ、落語の熊さんのおっちょこちょいに親しみを感じる習性がある。
 良寛さんも、戒(いまし)めの言葉として、まっさきに “手がら話” を挙げている」
 と辰濃さんは書く。
 
 おおむね賛同できる。
 …のだが、なんだか自分のことを指摘されたようで、ちょっと居心地が悪い。
 私の書くブログなどは長めのものが多い。「自慢話が入るからだろ?」とズバリ見透かされたような気になった。
 
 書く者のおごりをたしなめ、読者に謙虚になる姿勢をうながすという意味で、まさに『文章の品格』というタイトルでも似合いそうな本であったが、ただ一方で、この辰濃さんがイメージされている “品格” を、現在どれくらいの読者が理解できるのか? という疑問も浮かんだ。
 
 彼は「思いの深さを大切にする」という章で、丸谷才一の次のような抜粋を冒頭に掲げる。
 
 「名文はわれわれに対し、その文章の著者の、そのときにおける精神の充実を送り届ける。それは気魄であり、緊張であり、風格であり、豊かさである。われわれはそれに包まれながら、それを受け取り、それを自分のものとする」
 
 著者は、この丸谷才一の文章を引用し、「名文」について考えるときは必ず思い出すような、心に残る文章だと評価する。
 しかし、私にはこの感覚がよく分からない。
 少なくとも、「精神の充実」「気魄」「緊張」「風格」「豊かさ」という言葉が意味する「名文」というものが、うまくイメージできない。
 
 たぶん、私たちの世代から失われてしまった何かがあるのだ。
 辰濃さんは、1930年のお生まれだというから、80歳近くになられる。
 この世代の方々が持っていて、我々のような団塊世代がはっきりと失ってしまったものとは何か。
 
 それは「気魄」とか「風格」、「豊かさ」などという言葉を支える “内実” である。
 私などは、もう「風格」「豊かさ」「品格」などという言葉に何の感慨も持たない。それらの言葉は、内実を失った空虚な言葉にしか思えない。
 
 しかし、辰濃さんあたりの世代になると、「風格」とか「豊かさ」という言葉の中には、その言葉に見合った実態のある「文化」がぎっしりと詰まっているように感じられる。
 それは、時に漢文の素養であったり、海外古典文学のもたらす教養であったり、あるいは歴史や伝統芸能の知識であったり、音楽や絵画についての造詣であったりする。
 
 それは、みな、団塊の世代あたりが、「旧世代の抑圧的なアカデミズム」として切り捨ててしまったものだ。
 そのへんを理解しないと、この本で主張されている「文章を削る」という意味の真意も分からなくなる。
 
 辰濃さんは、削らなければならない文章として、いったいどのようなものを思い浮かべていたのだろうか。
 夏目漱石が活躍する前までの明治期の文学は、次のような文章で構成されていたという。
 
 「路は両山の間を盤回して、巨杉(きょさん)天を刺し、渓水徐々として流るるに、幽趣掬(きく)すべく、ゆく先、如何にゆかしかるらむと、行くこと十数町にして、はや峰の上に出たりなり」
 「山間は蒼然たる暁色(ぎょうしょく)にこめられて、日光僅に西川のいただきに上がる」……
 
 近代文学の黎明期を飾ったのは、このような美文調の文章であったという。
 しかし、その華美な装飾を取り払うことで、日本の近代文学は成熟した。
 辰濃さんが「文章を削れ」と主張するとき、その背景には、美文調を嫌って自分の文章を確立していった漱石の姿が浮かんでいる。
 だから、辰濃さんが使う「風格」とか「豊かさ」という言葉には、上のような美文調を惜しげなく削ってしまうことの「贅沢感」と「緊張感」が含まれている。
 そういう背景にまで思いを馳せないと、この本は、ただ「豊かさ」とか「風格」というきれいな言葉でまとめられた退屈な本に思えてしまう。
 
 文章を削ることで、どのような効果が得られるのか。
 辰濃さんは、「日本一短い手紙」として募集された文章のひとつとして、こんなサンプルを採り上げている。
 
   「いのち」の終わりに三日ください。
   母とひなかざり。
   貴男(あなた)と観覧車。
   子供達に茶碗蒸しを。
 
 命の終わりという言葉から、これを書かれた方が、余命いくばくもない運命を見据えていることが察せられる。
 辰濃さんは、この文章に次のようなコメントを捧げる。
 
 「いろいろなものを削ぎ落として残ったものが、『雛(ひな)』と『観覧車』と『茶碗蒸し』だったのだろう。その三つのもので象徴される家族の絆が、読む人の心にしっかりと伝わってくる」
 
 文章を切り詰めたことによって、逆に表現されなかった大きなものが背後に浮かび上がる。
 これぞ、名文の極意。
 この本は、そういうことを教えてくれる。 
  
 
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とにかく文は短く への2件のコメント

  1. スパンキー より:

    短文、長文。私はどちらも有りと思います。
    短文を常に求められる私の仕事柄、とにかくパーソナルなものでもその癖が抜けないので困ってしまうことがあります。
    饒舌に書きたいこともあります。それがいいなと感じるからで、そういうときは延々と書きたいこともあります。
    思いをどう詰め込むかは、その人の性格にもよりますが、町田さんの場合は、長文でも読んでいて飽きることがない。とても良い見本だと思うのです。
    性分、癖、テクニック。
    そして、個性。
    私はどちらもOK派なのですが、自慢と独りよがりに満ちたものはパスします。
    この点はみな共通。
    まあ、書くということは、なかなか上達しないもので、落語の修行のようなものなのでしょうかね?

  2. 町田 より:

    >スパンキーさん
    短い文が得意か、それとも長い文の方が勝負できるのか。それは書くものの性格や作者の個性によって、確かに違いが出てきますね。>「どちらも有り」というのは、その通りだと思います。
    スパンキーさんのように、企業広報や宣伝のテキストを専門に書かれている方は、皆さん「短い文」がお上手ですね。
    私は「短め」が不得手なんです。
    短い方が、かえって時間がかかってしまいます。
    短い文章というのは、ちょっと詩人の感性が要求されますよね。
    数多くの単語の中から、最適な単語を探し出し、その短い言葉と言葉の組み合わせだけで、言葉として書かれたもの以上のメッセージを込める。
    一流のコピーライターさんの仕事なんかは、もうそのへんが神ワザですよね。
    こういう訓練を積むのは、意外と和歌とか俳句なんかやるのが、案外いい勉強になるような気もします。

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