ゴーストライター

 
 世の中には、ゴーストライターという仕事がある。
 忙しい芸能人や政治家などが、本を出そうとするとき、その本人になりかわって、代筆する作家のことだ。
 当然、その存在は世の中に知られることがない。
 いや、知られてはならない。
 
 しかし、唯一の例外がある。
 かつて、矢沢栄吉が 『成りあがり』 という自伝を出したときに、その代筆を務めた糸井重里が、そのことを 「あとがき」 に綴った。

 
 
 これは美しい本だった。
 糸井重里の言語力を信用した矢沢は、心置きなく自分のすべてを正直に糸井に向かって吐き出し、糸井は完璧にそれに応え、純度100パーセントの矢沢像を見事に作り出した。

 しかし、そういうケースは例外。
 一般的に、ゴーストライターというのは、「著者」 の背後に隠れ、いわば背後霊のように 「著者」 の執筆を代行しなければならない。
 だからゴースト (幽霊) というわけだ。
 
 で、私はこのゴーストライター的な仕事をかなりやってきた。
 有名な人のものを手がけることもあるが、一般的には無名の人のものが多い。
 ときどき、「そういう仕事って面白い?」
 と、人から不思議そうに尋ねられることがある。
 仮にその本が評判をとって、市場の人気商品になろうとも、ゴーストを務めた人間が、そのことで世間に評価されることはないからだ。
 「ああ、とっても面白いよ」
 と、私はいつも答えている。
 だって、これは本当に素敵な仕事なのだ。
 
 どんな名の売れた作家であろうと、自分自身で本を書いた場合は、自分の 「殻」 から抜け出すことができない。新しい人生観を披露しようが、画期的な新思想を公開しようが、しょせんは自分の歩いてきた軌跡を公表するに過ぎない。

 しかし、ゴーストライターは、自分の人生とは異なるもうひとつの 「人生」 を生きることができる。
 生まれも、育ちも、感受性も、世界観も異なる 「著者」 の代筆を勤めることによって、その 「著者」 の生き様を、丸ごとゲットできる。
 この 「著者」 なら、こういう体験をしたときには、どう感じるのだろうか?
 こういう文物を肯定する価値観というのは、どういう感性に基づくものなのだろうか?
 そういうふうに、考えをめぐらせるとき、ものすごい勢いで想像力が回転していく。

 人に成り代わってモノを書くということは、それまで養ってきた自分流の価値観をいったん放り捨て、新しい価値観を手に入れることだ。
 こんな楽しい作業が、ほかにあるだろうか。
 私のメインの仕事は、キャンピングカーのガイド本を編集する作業だが、それ以外にも、名前の出ない書き物をけっこうこなしている。

 文学っぽいものばかりでなく、地味な資料の作成とか、レポートのようなものもけっこう頼まれる。
 時には、昔からつき合っている友人のお金も取れないような仕事を引き受けてしまうこともある。

 先だっては、係争事件に巻き込まれた友人の、供述調書の下書きのようなレポートというものを代筆した。
 法律的な世界観というものが、私にはまったく分からない。
 しかし、その友人が法廷に立ったとき、彼が自分に有利な話を引き出すためには、どんなポイントを抑えればいいのか。
 法律の素人ながら、それを考えることはとても楽しい勉強になった。
 幸い、そのレポートを携えて、彼が弁護士に相談に行ったところ、とても論点が整理されていて、説明がスムースになったと感謝された。
 この前は、ある企業の社長さんから、自社製品の売り込み用の 「提案書」 というのを代筆してくれないかという依頼が入った。
 「提案書」 の出来によっては、一生一代の大ビジネスに発展する可能性が大なのだという。
 
 ギャランティも少なく、ほとんどボランティアに近いような依頼ではあっても、誰かが心より喜んでくれたり、期待してくれたりするものを書いたときの方が、自分の名前が世に出ることよりもはるかに楽しい。
 
 

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ゴーストライター への4件のコメント

  1. スパンキー より:

    私の本業はコピーライターなので、町田さんの気持ちが痛いほど理解できます。
    コピーライターは、いわば企業のゴーストライターというところか? 売上げが上がればウレシイ。感謝して貰えれば、こちらもやり甲斐がある。
    しかし、こちらの名前が世に出ることはない。加えて、町田さんのように有名人の人生を歩くこともない。
    しかし、常に知らない世界を覗くことができるし、こちらも勉強になる。
    ルーティーン・ワークというものが大嫌いな私には性に合っているのかも知れない。
    いずれにしても、幽霊は面白い。

  2. 町田 より:

    >スパンキーさん
    確かに“幽霊” の面白さは経験してみないと分からないものですね。企業のマニュアルライティングを書く仕事においても、官公庁向けのレポートなどを書く仕事においても、やっぱりその成果を喜んでくれる人たちがいることが、書いた人間の喜びになります。
    モノを書くことは 「コール&レスポンス」
    クライアントや読者の反応があってこそ、初めて喜びも生まれるように思います。
    昔、はじめて 『キャンピングカーガイド』 を出したとき、展示会であるビルダーのスタッフが寄ってきて、「あんたのところの本で、クルマ1台売れたよ」 と言われたときの喜びを、いまだに忘れることができません。

  3. 凪子 より:

    いろいろあった一年でしたが町田さん、皆様のおかげで何とか無事に過ごすことが出来ました。本当に感謝申し上げます。コメントを拝見し、涙です。町田さんて本当にお優しい方なんだなということが伝わってきます。
    私も以前、町田さんの手掛けた某評論家さんの本を読ませて頂いたことがあります。
    町田の独り言、何を書けども町田さんなんだなあと思います。
    ゴーストライターの時はもちろん、その方のキャラクターを大事にしながらも、やっぱり町田さんがそこにいる。
    それって素晴らしいことですよね。
    以前、町田さんはどこかで「僕は小説は書けないんですよ」なんて書かれていたけど、読んでみたいですよね、町田さんの小説。
    それでは、町田さんの御健康を心よりお祈り申し上げます。

  4. 町田 より:

    >凪子さん
    ご丁寧なコメントありがとうございます。来年もよろしくお願い申しあげます。
    >「僕は小説は書けないんです」って言ったのは本当なんです。あれは、やっぱり神様に愛された人たちだからこそできる芸当なんですね。文芸の神様ってのは、誰にでも愛想が良いわけではないように思います。
    でも、凪子さんが音楽の世界で独自の世界を開拓していられるように、私はエッセイのようなコントのような、なんだかヘンテコな領域で、きままにモノを書いていきたいと思っています。
    それを、凪子さんのように読んでくださる方がいらっしゃるだけで十分幸せです。

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