我慢の力

 
 作家の橋本治さんって、変な人だ。
 文章が変っている。
 …てか考え方が変っている。
 
 「この本は、何について書きたいの本なのか、自分でもよく分かっていません」
 なんて、のっけから平気で書いてしまう人だ。
 それでいて、身もだえするくらいの美しい文章がポッと出てきたり、身の毛もよだつほどに人間の真相がえぐられていたり、同じフレーズを延々と繰り返す傷ついたCDみたいに、何ページにもわたって同じことが書かれていたり…。
 
 とにかく一筋縄ではいかない。
 だけど、読み進んでいくと必ず、
 「この文章使える! メモメモ … 」
 というようなフレーズが、いたるところに出てくる。
 
 その橋本治さんの最新刊。
 『 乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない 』(集英社新書)
 … の「かもしれない」に惹かれて買った。
 
 「勝ち組」と「負け組」
 「エコノミスト」と「投資家」
 「スーパーマーケット」と「コンビニ」
 
 なんて構成で話は進む。
 あ、経済の本ね。
 と思うとはぐらかされる。
 経済に振り回される「人間」を描いた本だ。
 
 どこを開いても刺激的な指摘に満ちているのだが、自分がハッとした部分をいくつか採りあげてみると、まず、
 「我慢とは、現状に抗する力である」
 という言葉。
 
 「我慢は、貧乏によって生まれた」
 という考えが支配的であるがゆえに、「今はなんか変な時代なのさ」
 …っていう指摘があったりする。
 
 この言葉は、「人間はなんで欲望ってものを持っているんだ?」という話につながっていく。
 「欲望論」というのは80年代からさんざん出尽くしていて、「欲望」とは、人間の生理に根ざした欲求とは異なった、資本の原理よって人為的につくり出された「情動」だなんて、よく言われた。

 でも、その「欲望」がこれほどまでに、死にもの狂いの勢いで喚起されるようになってきたのは、「世界経済」が飽和状態に達してしまったからだという指摘は、実にナウイ!(← 死語)。
 世界経済は、もう限界のなかで動いている。
 物が売れなくなれば、経済は終わる。
 
 そういった意味で、資本主義経済は、常に物を買ってくれる人たちのいるフロンティアを開拓することで延命してきた。
 「帝国主義」なんていわれた時代は、イギリスはインド人にお茶や綿花を作らせて、そこで採れた素材を本国で加工し、今度はインド人に売っていた。インドはイギリスのフロンティアだった。
 アジアやアフリカの植民地はどこも、みんな欧米列強のフロンティアだった。
 
 やがて、どこの植民地も現地産業が興隆してきて、次第にフロンティアは失われていく。
 すると、やれ中国だ、やれ東南アジアだと、いまだフロンティアにならない地域が続々と新しいフロンティアとして開拓されていった。
 でも、そういう地理的なフロンティアは、その地域の物流が豊かになっていくにしたがって、次第に消滅していく。

 冷戦が終わって、旧共産圏が新しい自由主義経済圏として解放されたときは、資本主義諸国はみな色めきたったけれど、それを食い尽くすのも早かった。
 21世紀になって、資本主義経済は、もう地理的なフロンティアを食い尽くしてしまったわけ。
 
 と、どうなるのか。
 人間を「フロンティア」にしてしまうしかない。
 
 つまり、今まで、
 「そんな商品は必要ないよ俺は。第一使いこなせないし…」
 なんて思っている人たちに、
 
 「いやぁ、このタイを首に巻けば、すぐ素敵なチョイ悪オヤジになれるから、エビちゃんクラスの女の子が、もう振り払いたくなるほど寄ってきますよ」
 「やっぱ、グルメは文化ですよ。ミシュランの三ッ星レストラン級の味が、たった千円のランチで堪能できるんですよ」
 …てな感じで、干物をあぶってつつましやかに食べていた人たちに、どんどんカネを払わせるような魔術的テクニックが、あれよあれよと編み出されてくる。
 「人間フロンティア」の出来上がり!
 
 そういうテクニックは、昔から資本主義のお手のものだったのだけれど、地理上のフロンティアが消滅してくると、まさにそのテクニックが、高度に洗練された「オレオレ詐欺」の高級版のような輝きを帯びてくる。
 それが現代。
 
 人間の欲望には限りがない。
 というか、限りがあったら資本主義は困る。
 本来必要でないものを「欲望」させるのが、資本主義経済なんだわ。
 
 「夢はでっかく描けよ」
 なんていう魅力的なささやきは、たいてい資本主義の尖兵となってカップ麺で残業している広告代理店のオヤジなんかが、「ああぁ、今日も風呂に入る時間がねぇか…」 なんてボヤくうちから生まれてくる。
 
 俺のことか?
 で、そういう「欲望の輝き」の行き着く先は … 。
 
 誰も何もしようとしないうちに、どんどん進行していくシロクマの絶滅につながっていく。
 オイルピークが訪れるのだって、あと20年ぐらいのうちだっていうじゃない?
 クリスマス・イルミネーションで街をピカピカ光らせるのもいいけれど、イブの日に誘ってくれるボーイフレンドもいない貧しい女の子にはたまったもんじゃないぜ。
 俺でよければ。
 関係ねぇか。
 
 とにかく人間の「欲望」は、有限のエネルギーをむさぼり尽くして燃え盛っていく。
 「我慢とは、現状に抗する力だ!」
 という橋本さんの警句が、鋭い光を放つのはそんなときだ。
 本の紹介とはずいぶんズレた解説になってしまったけれど、きっと橋本さんのいわんとしていること(の一部)は、そんなことだと思う。
 
 「我慢とは、現状に抗する力だ!」
 という言葉をかみ締めて、今日の俺は酒場に寄らずに、帰る。
  
  

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