コール&レスポンス(ロスのソウルコンサート)

 
 「コール&レスポンス」という言葉がある。
 音楽用語として使われるときは、主にゴスペルを楽しむ黒人たちの、歌い手と聴衆の間にくり広げられる「応答」を意味する。
 黒人教会で、牧師が、聖書の言葉などを引用して唄い始めると、聴衆が「エーイメン」とか、「ハレルヤ」などと合いの手を入れる。
 そんな雰囲気を想像すれば、この言葉のイメージが伝わりやすいかもしれない。

 ゴスペルに限らず、広い範囲の黒人音楽で、このコール&レスポンスの精神が息づいていることを、ロサンゼルスのコンサートで体験したことがある。

 もう30年以上も前の話だ。
 日本で手に入らない R&B のレコードを買い付けるために、サンフランシスコとロサンゼルスに行ったことがあった。
 日本で、「R&B」を聞かせる店を開きたかったのだ。

 そんな店を営業しながら、黒人音楽のレコードなどに付いてくるライナーノーツなどを書く。
 それが、20代を迎えたばかりの自分の夢だった。

 初めてのロサンゼルス。
 いやぁ、びっくり。
 飛行機が機首を下げて空港に近づくにしたがって、それこそ地平線のかなたまで「街」が広がっている。
 それも、「整然」という言葉がぴったりの、超人工的な雰囲気なのだ。
 
 見ていると、平屋の家屋が多い。
 2 階以上の建物を見つける方が難しい。
 土地が広いということは、そういうことか…と思った。
 
 予約していたホテルに着いて、ますます面食らった。
 ダウンタウンまで歩いて、きままにレコードショップを探す。
 …… そんなことができるような街ではなかった。
 ホテルの玄関から外を見回しても、「人」が歩いていない。
 路地というものがない。
 すべてが「メインストリート」なのだ。
 動いているのは自動車だけ。
 
 ヒューマンスケールで造られた日本の都会とは違って、ここは徹底的に「自動車のスケール」で都市計画が進められた街であることが分かった。
 
 それでも、とにかく「黒人音楽」の匂いのする場に近づきたかった。
 ロビーに、その日のイベントスケジュールのようなものを掲載したニュースペーパーらしきものが置かれていたので、それをむさぼるように読んだ。
 
 「ボビー・ウーマック&オージェイズのジョイントコンサート」
 それが本日「グリークシアター」というところで開かれる。
 
 かろうじて、そう読めるインフォメーションを見つけた。
 でも、どう行ったらよいのか。
 
 
▲ ボビー・ウーマックの74年のヒットアルバム。「ルッキン・フォー・ア・ラブ・アゲイン」。 初めて買ったボビーのレコード
 

▲ オージェイズ 「裏切り者のテーマ」。これも擦り切れるくらい聞いた
  
 タクシーを呼ぶことを思いつき、慣れない英語で電話をかけて、イエローキャブを頼んだ。
 そして、エントランス前に横付けになったイエローキャブに乗り込んで、運転手に「グリークシアター」と、行き先を告げた。
 
 温厚そうな白人の運転手は、とても親切に、
 「そりゃいい場所だね」
 と喜んでくれた。
 「何のコンサートがあるのかね? ブラームス? ドビッシ-?」
 
 クラシック音楽が好きな運転手だったのかもしれない。
 … この東洋人の若者は趣味がいい … ぐらいに思ってくれた気配がある。
 
 「ボビー・ウーマックとオージェイズだ」
 と答えると、彼はそれが分からない。
 
 「コンポーザーなのか? アーチストなのか?」
 と尋ねてくる。
 「ブラック・コンテンポラリー・ポップミュージック」
 と答えてしまって、まずい! と感じた。
 彼の顔つきがこわばったのである。 
 
 やがて、グリークシアターとおぼしき建物が見えてきた。
 … なるほど。
 確かに、日頃はクラシックコンサートでも開いていそうな、格式高い建物だ。
 ところが、その建物が近づいてくるにしたがって、道路のあちこちに野放図にたむろする黒人たちの姿が増えてくる。
 ガムをくちゃくちゃ噛みながら、ストリートダンサーよろしくステップを踏む黒人青年。
 人目も気にせず、抱き合ってキスしあう黒人カップル。
 地べたに座って、無心にハンバーガーをむさぼっている人間もいる。
 
 運転手の口から、次第に呪詛に満ちた言葉がこぼれるようになった。
 よくは分からないのだが、
 「こいつら、こんな神聖な場所を汚しやがって」
 … みたいな感じの言葉が、運転手の口からはき捨てられる。
 
 突然、クルマが止まる。
 運転手は、苦虫を噛みつぶしたような顔で振り返った。
 
 「ここから先は進みたくない。歩いてくれ」
 
 私は、まだ入口までかなりの距離がある場所で、クルマから降ろされた。
 
 会場に足を踏み入れて、また驚いた。
 席を埋め尽くしていたのは、みな黒人ばかり。
 白人の姿などどこにも見ることがなく、ましてや、黄色い肌の東洋人は私一人しかいない。
 
 その私を見る彼らの目が怖い。
 黒人たちが猜疑心と敵意を抱くと、どのような目つきになるのか、私ははじめて知った。
 しかし、私は音楽だけを純粋に楽しみに来たのだから、とにかくそれが彼らに伝われば、猜疑心と敵意に満ちた視線も変るだろうと開き直った。
 
 案の定、私が、ただのソウルミュージック好きの人間だと分かったとき、彼らの対応が変った。
 手拍子のリズムが違う、という。
 日本人がよくやる 4拍子の手拍子ではなく、8拍子。
 つまり倍テン。
 そのリズム感をつかめたとき、周りの連中が、それだけで、ウォーっと盛り上がった。 
 
 「ヘイユー・ホェア・ユー・フローム?」
 「トーキョー」
 「オゥ、リアリー?」
 
 いきなり丸太みたいにぶっとい腕が私の肩に絡みつき、私の身体は、即座に会場全体のうねりに巻き込まれた。
 そこで、私ははじめて本場の「コール&レスポンス」を知った。
 
 ステージでは、ボビー・ウーマックがマイクをひらひら振り回しながら、くちゃくちゃ喋っている。
 バックミュージシャンは、とろとろ音を流しているのに、いっこうに歌が始まらない。
 
 「5年前、俺はある女にホレたんだ」
 ボビーが甘い声でうなる。
 
 すると、私の斜め前にいた女が、突然立ち上がって、
 「イッツ・ミー!」
 と叫ぶ。
 すると、ボビーがその女に視線を合わせ、
 「やぁ、元気だったか?」
 と答える。
 
 「お前を得るために、俺はいろんな男とケンカしたぜ」
 そうボビーがいうと、 別の席から、
 「負けていたのは、いつもお前だったな」
 と、男が笑う。
 
 ああ、本場のコンサートはこういうものか …… と思った。
 
 日本でも、来日した黒人ミュージシャンのコンサートにはたくさん出かけた。
 
 ジェームズ・ブラウン
 スティービー・ワンダー
 ウィルソン・ピケット
 テンプテーションズ
 スタイリスティックス
 
 しかし、彼らは歌こそ唄えども、喋ることはなかった。
 どうせ英語で喋っても、何も返ってくることはあるまい。
 そう思っていたのだろう。
 だから、コンサートも、40分か50分ぐらいで終わってしまうものがほとんどだった。
 
 でも、この日はボビーのステージだけでも 2時間近くあったような気がする。
 ほとんどが、歌ではなく、客席との「コール&レスポンス」だったのだ。
 オージェイズとボビーが一緒にステージに立つ頃になると、私には、たくさんの友だちができた。
 「終わったら、どこそこに行こう。今晩は飲み明かそう」
 そんな誘いばかりだった。
 
 さすがに、それには不安があったので、結局、終わるとまたイエローキャブを呼んでホテルに帰った。
 
 何日かして、当時サンフランシスコに住んでいた日本人の友だちに、その日のことをとくとくと話した。
 
 友だちの声が、突然うかぬ調子になった。
 「お前知っている? その翌日、会場近くでお客同士のケンカがあって、一人ナイフで刺されて死んだんだぜ。
 ヤツらの中には物騒な連中もいるんだよ。旅行者をだまして身ぐるみ剥ぎ取るようなヤツだっている。
 ホテルに戻れただけでも儲けものなんだぜ。白人の運転手さんの方が、正解なの」
 
 うへぇー!
 なんと運の良いことか。
 まぁ、知らないことは、案外いい結果を生む。
 おかげで、私はいまだに黒人&黒人音楽フリークでいられる。
  
 
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コール&レスポンス(ロスのソウルコンサート) への8件のコメント

  1. 磯部 より:

    30年前に、町田さんのこの経験は貴重ですね!
    その頃、私はせいぜい厚木基地周辺のディスコ通いでした。本場モンをナマで体験するなんて、そりゃ思い入れも違うというもの。
    これからは、黒人音楽に関しては師匠と呼ばせていただきます。

  2. 町田 より:

    >磯部さん
    「師匠」なんていわれるとテレますねぇ! 
    確かに、本場モンも素敵ですけど、私にとっては、あの時代、横浜・本牧あたりとか、厚木周辺とか、そっちの方も同じくらい刺激的なスポットだという印象があるんですよ。
    そういった意味で、そっちの「達人」磯部さんに憧れる気分はあります。
    あの時代のステップ、今でも覚えていますよ。
    一度また踊ってみません? …もちろん他人の見ていないところで。

  3. ブタイチ より:

    羨ましい経験ですね~!
    自分はアースウインドアンドファイヤーあたりからのクロスオーバーという言葉が流行った頃からのブラックミュージックファンですが…
    その一歩前のコンサートに行かれて無事に帰ってこられたんですから…素晴らしい体験です。
    家に居て、疑似体験はなんでもできる時代になったからこそ、そういうやんちゃなことに憧れますね(笑)!

  4. 町田 より:

    >ブタイチさん
    アメリカをハーレーでずっと渡り歩いて、アメリカの真髄を理解されているブタイチさんに、よもや「羨ましい~」 などと言われるとは、思いもよりませんでした。
    その一言をいただいただけで、とても光栄です。
    アース・ウィンド&ファイアーほかクロスオーバー系もけっこう聞いていました。
    ジョージ・ベンソンとか、アル・クルーなどのメロウな音も、いまだに好きです。
    音楽の話も楽しいですね。アメリカを語るとき、音楽もとても重要なテーマのような気がします。
    「先生!」
    英語のことなども含め、また、いろいろご指導ください。

  5. 凪子 より:

    私もその昔、いわゆる白人のロックに飽きて黒人の音楽を聴くようになりました。最初はヒットしているコンテンポラリー、それからはお気に入りのドラム、ベースプレーヤー買いなど掘り下げていきました。当時は白人音楽のバックでも黒人プレーヤーが多く参加していた時代でしたね。先日も来日していたキャロルキングなどもそうでした。 
    ルーツ、アフリカ音楽などを巡り、ボブ・マーリーに辿り着きました。マジック・サムなどのブルースも。順番が逆ですね。
    町田さんのブログを拝見し、本当にお詳しくとても参考になります。

  6. 町田 より:

    >凪子さん
    凪子さんのコメントから、本当に音楽がお好きなんだな、という「匂い」というのか、「情感」というのがひしひしと伝わってきて、とても心強い気分になります。
    楽器をやっていらっしゃる方の聞き方であることも分かります。
    キャロル・キングも「シンガーソングライター」という形でデビューする以前は、モータウン系のシンガーに曲を提供していた人ですよね。彼女の昔つくった「Not My Baby」…確か、ロッド・スチュワートもカバーしていましたけれど、好きでしたネェ!
    ボブ・マーリー、いいですねぇ!
    もっとも、ミーハーなので「ノーウ-マン・ノークライ」がいちばん好きなんですけど。
    よもやマジック・サムの名前が出ようとは!
    彼のシルキー、セクシー、スモーキーなヴォーカルは最高ですね。
    なんか、凪子さんととても話が合いそうな気がします。

  7. 凪子 より:

    お返事ありがとうございます。こちらこそ楽しくお話が出来そうな気がします。マジック・サムは知り合いのお詳しい方に紹介されたのです。以前アフロヘアの少女の頁で奥様がカーペンターズがお好きとありましたね。私もファンです。プレーヤーには評価が高い割には何故か変な誤解の多いカーペンターズですね。初期のライブなどで聴けるカレンのドラムは必聴です。

  8. 町田 より:

    >凪子さん
    さっそくの返信、こちらこそありがとうございます。
    カーペンターズを私たちが知った頃というのは、すでにカレンがメインヴォーカリストとして第一線に出ていた時代でしたね。彼女が、最初はグループのドラマーとして活躍していたことは、つい最近BSのドキュメントを見て知った次第です。確かに、凪子さんがおっしゃるように “必聴” ですね。
    マジック・サムは、京都のウエストロード・ブルースバンドがステージでよくコピーしていたので、そこからオリジナルにさかのぼったという感じです。
    当時、ようやくデルマークの「ウエスト・サイド・ソウル」の日本版が出た頃でしょうか。
    他は、シカゴブルースのアンソロジーに1~2曲入っていただけでした。
    しばらくして、「ブラックマジック」が出たのかな…。
    今と違って、マジック・サムのオリジナル音源はたいへん貴重な時代だったように思います。
    マジック・サムも、いまだに聞いています。

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