キャンピングカーによる親子のつながり

 
 「オヤジナビ」というサイトがある。
 VGホールディングスさんという会社が主宰している。

 中高年世代が必要としている情報を 「趣味」、「買い物」、「健康」、「投資」、「資格取得」 などという項目に細分化して紹介しているポータルサイトなのだが、その主眼が、「思春期の子供を持つ親を全面的に支援する」 というところに置かれているところがユニークだ。
 
 つまり、思春期前後の、親にとってコミュニケーションが取りづらくなった子供を持つオヤジに向けて、
 「子供は何を考えているのか」
 「彼らは親に何を望んでいるのか」
 …というような、子供たちのホンネを積極的に採り上げ、オヤジとその子供たちの “仲立ち” を務めようとしているところに、このサイトの狙いがあるようだ。
 
 だからメインメニューには、父親たちと女子高校生たちを交えた座談会や、若い女性が相談員となる 「親子の悩み事相談教室」 などが並ぶ一方、「娘や息子とオヤジ」 の関係を綴ったブログ集が自動的にUPされるコーナーが設けられている。

 この 「オヤジと子供たち」 というテーマは、キャンピングカーの世界とも無縁ではない。
 現在、キャンピングカーユーザーは、熟年夫婦の 「二人旅派」 と、子育て真っ最中の 「ファミリーグループ」 の二つに分かれている。
 このうち、ファミリーグループは、いずれ子供たちがキャンピングカー旅行に着いてこなくなる時期が来ることを覚悟しているから、親子のコミュニケーションの維持は切実なテーマであるはずだ。

 そういう人たちにとって、この 「オヤジナビ」 というサイトは貴重な情報をもたらすものになるかもしれない。
 …と思うと同時に、キャンピングカーユーザーというのは、このサイトに提供できるコンテンツを豊富に持っている人種のようにも思えた。
 なにしろ、キャンピングカーは 「狭い」 。
 …といっては、車内の 「広さ」 を謳っている各ビルダーさんには申し訳ないが、「家」 よりは、狭い。

 狭いクセに、家と同じようなテーブル、椅子、台所などがあって家族がくつろげるようになっている。
 つまり、広すぎて家族が拡散する方向に進んでいる 「家」 とは逆に、キャンピングカーは狭いがゆえに、家族の求心力を高めることができるのだ。
 家族の求心力が高まった空間を、仮に 「団らん」 という言葉で表現してみると、キャンピングカーには 「団らん」 がある。
 
 いま日本の家庭から 「団らん」 が失われたという声は、あちらこちらで聞かれる。
 その理由は、いくつか考えられる。
 まず、80年代以降、各家庭に子供用の個室が定着し、食事以外の時間帯には、子供たちが親の前から姿を消すようになった。
 さらにテレビの価格がどんどん安くなり、各個室に1個という形で普及した。そのことも 「親子で同じ番組を楽しむ」 という日常的な光景を、家庭から奪った。
 さらに、かつては子供同士の連絡に欠かせなかった家庭用固定電話が、携帯電話の普及によって役目を終え、固定電話を使って子供同士が連絡を取り合う姿を、親がチェックする機会もなくなった。
 
 では、食事の時間だけは、親子の絆が保たれているのか。
 …というと、これも父親の残業、母親のパート、子供の塾通いなどで、各家庭から家族が一緒に食事をする時間が消えた。
 つまり、1970年代ぐらいまではかろうじて保たれている家族の団らんが、今はほとんど消滅状態になっているのだ。
 キャピングカーの狭い (?) ダイネットは、実は、この日本人から失われた 「団らん」 を回復する場として、家庭のダイネットに取って代わろうとしている。
 なにしろ、親子はお互いに “逃げ出そう” としても、夜ともなれば、クルマの外に逃げ場がない。
 
 必然的に、会話を交わすようになる。
 会話があれば情報交換が生まれて、親子が、互いにいま何を求めているかを知り合うようになる。
 そして、心の交流が生まれる。
 キャンピングカーが家族の団らんを生み出している光景は、クラブイベントなどに参加すると、当たり前のように見ることができる。
 夜が浅いうちは、車外で友だち同士で遊んでいた子供たちも、夜が更けるとみな車内に引き上げる。
 家族連れのキャンピングカーでは、どのクルマにも明かりがともり、子供と親が仲良く笑いあう声が漏れてくる。
 
 クルマの中で、トランプでもしているのだろうか。
 それとも一緒にテレビでも見ているのだろうか。
 いずれにせよ、カーテンから透けて見える家族の幸せそうなシルエットが、「団らん」 の存在をはっきりと教えてくれる。
 高校生ぐらいになると、さすがに子供がキャンプに着いてくることはないだろうと、たいていの大人は思う しかし、そんなこともない。
 
 わが家の場合は、長男が高校生になってから、久しぶりにクラブイベントに参加したことがあった。
 さすがに、自分一人で親に着いてくるのが恥かしかったのか、友だちを3人連れてきた。
 
 当時、茶髪の全盛期。
 ピアスも罪悪視する大人が多い時代だったので、健全なはずのクラブイベントに突如参加した茶髪・ピアス・くわえ煙草・腰パンツの4人の若者たちの姿は異様に見えた。
 しかも、彼らは昼間はテントの中で眠りこけ、夕方の持ち寄りパーティの時間にはやおら飛び起きてきて、周囲に挨拶もしないまま、ガァーッとイナゴの大群のように食事を食いまくる。
 食事が終わると、さっさと懐中電灯だけを持って、山の奥に遊びに行ってしまう。
 彼らを招いてしまった私は、とても恥かしくなったことを覚えている。
 しかし、それがきっかけとなった。
 
 「オジさん、またキャンプ連れて行ってよ」
 そのときキャンプに参加した高校生たちが、私の顔を見るたびに、そう言うようになった。
 だから、長男とその友人たちをキャンピングカーに乗せて、私は、その後も何度かキャンプ場に連れていった。
 昼間、遊んでいるヤツらの姿は実にたわいない。
 サイトでフリスビーを飛ばし合ったり、アリの巣を見つけて、水を注ぎこんだりしてはしゃいでいる。
 やることは4~5歳の幼児そのまま。
 集団で授業を抜け出し、午前中から校外のカフェで煙草を吸いながら “お茶” して、先生に怒られているヤツらだとはとても思えない。

 そのうち、彼らの母親たちとも一緒にキャンプするようになった。
 子供たちは、勝手に懐中電灯を持って、山奥の探索に向かってしまう。
 「クマが出るから気をつけろ」
 と言ったって、聞くような連中ではない。
 
 残された親たちは、オーニングの下で、青春時代の思い出話。
 キャンピングカーは、親と子が共通して遊べるアイテムであるばかりでなく、それをきっかけに、キャンプに縁のなかった親たちをも楽しい時間の中に巻き込む。
 ことさら 「親子のコミュニケーションの回復」 などと力まなくても、高校生ぐらいになっても、キャンピングカー旅行の楽しさを子供が忘れないようでいるならば、それで十分だという気がする。
 
 

カテゴリー: コラム&エッセイ   パーマリンク

キャンピングカーによる親子のつながり への2件のコメント

  1. matsumoto より:

    キャンピングカーの(狭い)ダイネット、確かに家族の繋がりを深めるのに適した(狭さ)ですね。笑笑
    あの圧縮感がなんともいえない距離感というか、密度が増します。直径2.0メートル。なので、たまには
    意識して嫁の両親も誘ったりして。
    でも本音をいうと、キャラバン中でも一人になりたい時もあったりして。そんなときは、カーテンを越えて、静まりかえり少しひんやりした運転席にいってホッとしたりします。笑

  2. 町田 より:

    >matsumotoさん
    キャンピングカーの 「圧縮感」って、そんなに悪いものではないですよね。
    こぢんまりとした家屋に慣れ親しんできた日本人の習性なのでしょうか、かえって落ち着いた気分になることがあります。
    でも、>「キャラバンの中でも一人になりたい時もあってりして…」 というmatsumotoさんの心境もよく分かります。
    私も煙草を吸う時は、カーテンを超えて、ひんやりした運転席に座り、ちょっと窓を開けて吸っています。
    あそこは、一人になって「一息」入れるには、いい空間ですね。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">