オカマバーの一夜

 
 俺、サラリーマンになりたての頃さぁ、オカマバーが面白くてハマッたことがあるんだよね。
 なにしろ、それまで、ずっとアルバイト生活してたじゃない?
 まぁ、時間給が特別に安い仕事だったんだけどさ、それに比べると正社員の給料って、とんでもなく高い感じがしたんだわ。
 使い道に困ったんだよね。
 なにしろ、独身でさ、遊びたい盛りじゃない?
 給料を貯めようなんて考えは、これっぽっちもなかったからさ。
 
 で、女の子のいる飲み屋より、オカマバーの方が数段面白いっていう先輩もいたからさ、チョイと覗いてやろうかって気になったのね。
 オカマバーってのは、確かに面白いのよ。
 やつら、女装しても男だからさ、男がどんな誉め方をされたら気分よくなるかってのを、分かっているんだね。 

 「あなたって、女に優しく振る舞うことは上手だけど、本当は冷たい男でしょ」
 なんて少し緊張させられてから、
 「でも、そういうあなたの冷たさが、ダイヤの光みたいに女たちを呼び寄せるのよね」
 なんて占い師みたいに言われちゃうとさ、ついつい、「よし、じゃ~あと1時間延長!」
 って、なるじゃない? 相手から見ればいいカモなんだろうけどさ。
 
 で、延長に入ると、ホストクラブなら、そこで 「ピンドン1本、入りま~す!」 パチパチ! って盛り上がるところなんだろうけれど、場末のオカマバーだからさぁ、まぁせいぜいスタッフ全員に水割り一杯ずつ…って感じよ。

 パチンコもそうなんだけど、2万円ぐらいのボーダーを超えちゃうと、もう金銭感覚がなくなってくるのよね。
 「よ~し! これが最後の延長だぞぉ! 歌は全員2曲ずつね」
 「わ~い!」 パチパチ…でさ。
 
 そんな感じで朝まで飲んで、一晩で給料の半分を使っちゃったこともあったな。
 今なら、もったいない! …とか、なんてバカなことを…と思うんだけど、当時はそれほど 「痛い」 っていう感覚もなくてね。
 給料が半分になっても、後は、夜は水飲んで寝ちゃえばいいや…っていう気持ちでいたから、まったく懲りなかったの。
 
 で、実際、それくらいのカネ払っても面白かったのね。
 その店のスタッフが、特別にそうだったのかもしれないけれど、みんな役者なのよ。
 すぐ “ごっこ” の世界が始まるんだわ。
 「芸能人ごっこ」 とか、 「セレブおばさんごっこ」 とかさ。
 
 たとえば、ママさんが、突然アイドル志望の女の子になりきって、俺に “売り込み” をかけるのね。
 俺なんかさぁ、何の取り決めもないうちに、いきなり芸能プロの社長の役をやらされてしまうんだよ。
 
 で、ママさんが、うぶなネェちゃんみたいな表情つくって、俺に言うのよ。
 「ね、ね、お願いです。せめて歌だけでも聞いてください。歌がダメなら、わたし脱いでもすごいんです」
 
 それに対して、俺はさぁ、
 「いやぁ、まぁ脱ぐのは後でいいから、まず、得意な歌があったら何か唄ってごらん」
 なんて、アドリブで答えるのね。
 
 で、すかさず、ママさんのカラオケが入るわけ。
 唄い終わると、別のスタッフが、ヤクザの舎弟みたいな表情つくってカウンターから身を乗り出してきてさ、
 「だめっすね、この女は。アイドル無理っしょ。フーゾクに売るしかないすね」
 なんてさ…
 
 そのオカマバーは、傷だらけのカウンターの前に、ひび割れの入ったストゥール8客を置いただけの、なんともみじめな店だったけど…
 不思議なもんでさ!
 「ごっこ」 の世界に入っていくと、その狭くて汚い店がさぁ、まるでスポットライトを浴びて輝く宝塚歌劇のステージに思えたり、セレブの集まる豪華クルーザーに見えてきたりするのよ。
 
 俺、いまだに飲み屋で、お客相手に 「ごっこ」 遊びするのが得意なんだけど、そういうのって、その店で鍛えられたんだろうね。
 
 で、一度のそのオカマバーでさぁ、みんなで 「殴りこみ」 をかけようって話が出たの。
 ママさんが、昔世話してやった仲のいい女性がさぁ、自分の店を新しく出したんだって。普通のクラブらしいのね。
 
 だけど、その女性が店を出しても、ママさんのところにはオープンの招待状も寄こさないし、挨拶にも来ない。
 だから、これからその店に行って、さんざん嫌がらせをしましょうよ、ってことになってさ。
 …いかにもオカマの執念を感じさせる話だろ?
 で、「あなたも一緒に来なさいよ」 って、彼らが誘うのよ。
 なんだか、面白そうに思えてさ。そのオカマバーの従業員一同4人に混ざってよ、俺も一緒にタクシーに乗り込んだの。
 
 クルマの中ではさぁ、
 「店の客をぜんぶ追い出しちゃいましょうね!」
 なんて、みんな息巻いていたんだけど、いざ着いたらさぁ、ゴージャスな店で、オカマグループも息を飲んじゃったのね。
 オールダイヤで飾られたようなシャンデリアが天井を埋め尽くすぐらいたくさんぶら下がっていてさ。
 豪華な革張りのソファには、上品で恰幅のいい紳士たちがずらりと並んでいるのよ。
 ひび割れたストゥール8脚に、反りの出たカウンターで商売しているオカマバーとは、だんちの世界なんだわ。
 
 ま、それでもオカマご一行は気を取り直してさ、
 「あらまぁ、お高そうなシャンデリアがいっぱいねぇ」
 「牛の臭いが残っているような、新鮮な革シート」
 なんて、精いっぱいの皮肉をいいながら席につくんだけど、にこやかに対応するホステスたちにまったく通じないのよ。
 
 そのうち、そのくだんの女性ってのが、席に挨拶にきてさ。
 「本日は皆様でお越しいただいて、本当に恐縮です!」
 なんて、おだやかな顔で、美しい挨拶をするの。
 
 もう 「勝負あった!」 という感じよ。
 で、オカマご一行は、
 「ちょっと、おしぼりが遅いわよ」
 「ずいぶん安い酒出すのね」
 などというイヤミを用意していたらしいんだけど、さっさと温かいおしぼりに、最高のボトルが出てきてさ。
 せいぜい、クーラーの効いている店内で、
 「ちょっと暑いんだけど、ウチワはないの?」
 なんていう嫌がらせをするのが、精いっぱい。
 
 そのうち、店の従業員やお客たちを困らせるようなイヤミも枯れちゃってさ。みんな、口数少なく暗い顔になっていくのね。
 華やかでにぎやかなその店でさぁ、そのオカマご一行のボックスだけが、煤けたようにみすぼらしいのよ。
 オカマバーではあれほど輝いて見えたママさんがさぁ、もうくたびれた中年男そのものになっちゃってさ。
 まさに、深夜0時を過ぎたシンデレラ。
 馬車はカボチャになり、馬はネズミになり…。
 
 結局、オカマバーってのが面白いと思えたのは、あの傷だらけのカウンターとひび割れたストゥールを、「宝塚のステージ」 に変えたり、「セレブのクルーザー」 に変えたりする 「ごっこ」 の力だったんだね。
 その 「ごっこ」 の神通力が通じない世界に行っちゃうと、彼らは 「深夜0時を過ぎたシンデレラ」 になっちゃうわけ。
 
 まぁ、その頃を境にして、俺もそういう遊びに、少し飽きてきてさ。
 「そろそろ、女の友達でも探すか…」
 ってな気分に、ようやく、なってきたんだけどね。
  
 
飲み屋ネタ 「ニセ台本作家」
  
 〃   「ママさんの会話術」
 
 

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オカマバーの一夜 への2件のコメント

  1. スパンキー より:

    哀愁が漂う町田さんらしいエピソードですね。悲しみも少々(笑)
    いつもアカデミックに筆をすすめるのに、今日はいつもと違うアタマの引き出しからトンデもない事を書くから、よけいに可笑しんですよね!
    町田さんの正体は一体どっちなんだ?なんてことは野暮で、総てがホント。
    相変わらず、ストライク・ゾーンが広いなー。

  2. 町田 より:

    >スパンキーさん
    ありがたいお言葉。テヘヘ…です。
    こんな駄文に 「哀愁」 を読み取っていただくなんて、光栄です。
    スパンキーさんのブログの、ブルコメコンサートの後の蕎麦屋の話。あれも哀愁たっぷりですね。

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