カウンターの中

 
 私は20代のはじめ、ちょっとだけだが、アルバイトでスナックのカウンターの中に入っていたことがある。
 そこで、シェーカーを振って、怪しげな (自分では絶対飲む気になれない) カクテルなどを作って、何食わぬ顔をして、お客に出していた。
 お客の大半は、幸いなことに、私と同じ年頃の仲間だったので、むろん本物のカクテルの味など知らない。
 自分としては、二度と同じ味が作れないカクテルだと自覚していたが、 「お、いいねぇ、大人の味」なんて言いながら、仲間は飲んでくれた。
 バーテンも客も、いい加減な店だったのだ。

 そういうカウンターの中の仕事を経験してみると、ひとつだけ発見があった。
 それは、カウンターの向こう側とこっち側では、「見える世界」 が違うということだった。
 お客としてカウンターに座っているだけでは、自分たちがどんな世界に属しているか、よく見えない。
 しかし、カウンターの中にいると、これが 「見える」 のである。
 横並びに座って話しているときには分からなかった仲間の、まったく別の個性。
 隠している事柄。
 触れられなくない秘密。
 そんなものが、「あっ!」 と驚くほどの明瞭さで、突然見えてくる。

 かなり歳を取ってからの話だが、いつも通っていたスナックのカウンターに遊びで入ったときにも、それを感じた。
 その店のマスターが急に体調を崩し、休憩を取るといって出て行った時に、常連客だった私が、2~3時間だ
けカウンターの中を受け持ったことがある。
 次々に入ってくるお客たちは、いわば私の飲み仲間である。
 その人たちに、付け出しを出し、注文を聞いて、ビールの栓を抜いたり、焼酎の水割りを作ったりする。
 男の客も女の客も来る。
 たいていはみな顔見知りだ。
 ところが、その日、別々の時間帯に入って、離れた席に座った男女を見て、あ、っと私は思った。
 普段はまったく気にもしていなかったその男女が、実は 「男と女の関係」 であったことが、カウンターの中にいて初めて分かったのだ。

 簡単なことだ。
 「目の会話」 というものがあるのだ。
 特に、2人が 「秘密」 を共有しあっているときは、そのさりげなさが、逆に、周囲に隠そうとすることを雄弁に語ってしまう。
 これだけは、同じ客としてカウンターに座っているときには、分からなかったものだ。
 もちろん、私はそんなことをに頓着する素振りも見せず、ムダ口をたたきながら、来ているお客にまんべんなく愛想を振りまいた。

 男同士の客であっても、日ごろ仲良く話している常連同士が、実は、心の中で反目し合っていることも分かった。
 これも、目線の動かし方で読めた。
 2人とも、同じ話題に興じながら、見ている 「物」 が違う。
 
 片方は、棚にある酒瓶に目線を漂わせ、心はここにあらず…という状態。
 「こいつの話なんか聞きたくねぇよ…」
 と、その視線の動きが語っている。
 できれば、いま座っている椅子から移動して、別の人間と別の会話をしたい、という苛立ちが、その目に表れている。
 もう一人は、自分のグラスにじっと視線を注ぎ、相手に話しているのではなく、モノローグ (独白) を繰り返している。
 「どうせ、お前なんか俺の話に興味ねぇだろ?」
 と、こっちも目が語っている。
 それでいて、耳だけ澄ませていると、2人の会話はよどみなく流れていく。

 客の立場に立つと、カウンターの中は怖い世界だ。
 どんなに取りつくろっても、見抜いている人間はいる。
 しかも、気づかぬ振りをしている。
 だから、カウンターのこちら側の住民は油断して、無意識のうちに、さらにいろいろな秘密をさらけ出す。
 水商売は、人間観察するための、極上のデータが手に入る仕事なのかもしれない。 
 
 

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カウンターの中 への2件のコメント

  1. スパンキー より:

    10代の頃、約2年水商売を経験しました。町田さんと同じようにカクテルもつくるし(私はまじめに研究しまし
    た)、食品の買い出しから仕込みまでやりました。
    そしてオープン。
    いろいろな人がやってきます。毎日くる某大手電機メーカーのエリートグループ。植木屋さん、近所の熟女、そ
    してチンピラややくざやさんなどなど。
    高校を出たての私は、正直面くらいました。
    ともかく、大人の世界でうごめいている愛や憎しみや嫉妬、孤独をまともに目にする訳ですから。
    で、この世界から足を洗って再び大学へ入ったのですが、いやぁ回りがガキに見えること。
    ということで、私は相当すれた学生になったのです。
    大人の人間関係を早い時期に見過ぎましたね。5才は老けた。
    ホント、カウンターの中から見えるものは、ネタの宝庫ですね!

  2. 町田 より:

    >スパンキーさん
    ああ、なるほど。スパンキーさんの方が、水商売においては先輩ですね。
    高校を出たての頃に、バリバリの営業マンやら熟女やら」 ヤクザ屋さんなどと接したら、確かにカルチャーシ
    ョックだったでしょうね。>「5歳は老けた」 という意味も、よく分かるような気もします。
    でも、それはきっと人間観察力を鍛えるいい訓練になったのでしょうね。
    確かに、カウンターの中から覗いた世界は、「ネタの宝庫」 ですね。

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