ブライアン・ジョーンズの孤独

 
 さる知人から、『ブライアン・ジョーンズ/ストーンズから消えた男』 というDVDが発売されているという話を聞いた。映画も、昨年 (2006年) に公開されたらしい。
 
 
 
 ブライアン・ジョーンズが在籍したザ・ローリング・ストーンズは、ビートルズと並び称される、60年代にデビューしたメジャー・ロックバンド。 
 私が、その映画の話に興味を覚えたのは、ストーンズのメンバーのなかで、なぜブライアン・ジョーンズだけを主役に据える映画がつくられたのかという、その1点だった。
 
 この記事を書いている今、私はまだそのDVDを観ていない。
 しかし、ブライアン・ジョーンズという人物は、私がストーンズというバンドを考えるとき、いつも中核にいた人だ。
 
 ローリング・ストーンズといえば、少し詳しい人なら、すぐミック・ジャガーというボーカリストを思い浮かべるだろう。
 あるいは、ギターのキース・リチャード。
 彼らのオリジナル曲には、この2人の名前を冠したものが多いだけに、デビュー当時から、この2人が中心メンバーだったと思われることが多い。
 
 しかし、初期のストーンズの音楽的な方向性を定めていたのは、ブライアン・ジョーンズだった。
 泥臭いブルースや荒っぽいR&Bを白人が演じることによって、当時のイギリス階級社会を支えていた白人文化の正当性を打破する解放感を若者たちに与えたのは、ブライアンだったのだ。
 
 だが、黒人ブルースをコピーする異形の白人バンドをいつまで続けていても、商業的成功はおぼつかない。
 ミックとキースは、オリジナル曲の比率を高めていったビートルズにならって、自分たちも、ポップなオリジナル・ロック路線を目指すようになる。 
 彼らの人気を不動のものたらしめた 「サティスファクション」 などは、ギターリフの獰猛さにおいて、リスナーに凶暴な気持ちを抱かせるほどのインパクトを与えたが、そこにはブルースの泥臭さはすでにない。
 
 自分の志向する音楽と、仲間の求める音楽の差が歴然と開いていく過程において、ブライアンは次第に孤立感を深めていく。
 
 
  
 60年代後半、ストーンズの名声が確立したかに思われる時代に、ブライアン・ジョーンズはドラッグに溺れ、仲間から追放されるような形でメンバーを脱退。そして、しばらく後に、プールにおける謎の水死を遂げる。
 ストーンズが、R&Bバンドからロックバンドに変るのを見届けるように、ブライアンは去った。
 
 彼は、プレイヤーとして初期ストーンズのサウンドを確立したが、ミックやキースのようには、作品を残さなかった。
 だから、デビュー当初からストーンズを聞いていたファン以外は、ブライアン・ジョーンズというミュージシャンが、どういう人物であったかなど、たぶん興味がないはずだ。
 
 しかし、私がブライアン・ジョーンズという人に興味を抱いたのは、彼がブルースやR&Bの信奉者だったからではない。
 当時のポップミュージシャンたちが見向きもしなかった音楽領域に、彼一人が、首までどっぷり浸かるほど踏み込んでいたことを、後になって知ったからだ。
 
 晩年、彼は1枚のソロアルバムを出す。
 ソロアルバムというのは、グループ同士の間で、音楽の志向性が分かれてきた時に、個々のメンバーが自分の好みの音を追及しながら、それぞれ独立したアルバムを残すという形でつくられることが多い。
 黒人音楽が大好きだったブライアンならば、当然、ブルースやR&Bのフルコピーだってやりそうに思える。
 
 しかし、違った。
 彼が世に出したのは、モロッコ音楽だったのだ。
 それもジャジューカという宗教儀式用の音楽を奏でる現地のベルベル人楽士たちの音源をそのまま収録したもので、若干の音響操作は加えているが、彼自身は一切参加していない。
 
 その話を最初に聞いたとき、私は彼のことが理解できなかった。
 むしろ、そのような音楽への傾斜を、私は、彼の才能の枯渇と、意欲の減退と感じた。
 
 当時レコード屋に寄って、私はこのアルバムを手に取ったことがある。
 どんな音の世界が閉じ込められているのか、興味が全くなかったわけではないからだ。
 しかし、ジャケットに盛られた見慣れぬアラビア風のロゴを見て、私は、そぉっとそのまま棚に返した。
 
 
 
 ブライアン・ジョーンズが私の意識から遠ざかると同時に、ローリング・ストーンズというグループ自体も、私の意識からフェイドアウトしていった。
 しかし、晩年の彼の心を捉えていたモロッコ音楽というものが、どんなものであったのか。
 ある日、私は偶然知ることになる。
 
 ベルナルド・ベルトルッチ監督の映画 『シェルタリング・スカイ』 を観てからだ。
 あの映画は、モロッコを旅する富裕なアメリカ人夫婦が、何ものかに誘われるように、奥地へ奥地へと迷い込み、やがて北アフリカの砂漠の文化に同化していくような、不条理な結末を迎えるという筋立てになっている。
 
 坂本龍一が作曲したテーマ曲と同時に、画面の中では、リチャード・ホロウィッツが担当した現地音楽をモチーフにしたエスニック・サウンドがふんだんに流される。
 今まで接したこともなかった北アフリカの響きが、私を魅了した。
 
 さっそくサントラCDを買った。
 そして、その中の 「マーニアズ・テント」、「フィーバーライド」 などとそっけない題を付けられたモロッコ・テイストの曲だけを繰り返し一本のテープに録音し、それをエンドレスでずっと聞くようになった。
 カミさんに、モロッコ音楽のコンサートのチケットを探してもらい、本場のミュージシャンが奏でる生の音も聞きに行った。
 
 砂漠の上を、飄々 (ひょうひょう) と風が鳴っているような音だ。
 原始的な笛。シンプルな太鼓。単調な手拍子。
 それが、同じ旋律を繰り返しながら、砂漠に影を刻む風紋のように、淡々と続いていく。
 
 人によっては、「呪術的」 という表現を使う。
 人間に何かが憑依 (ひょうい) して、人の心の底に眠っていた神秘的な力を解き放つ音だという人もいる。
 確かに、その音には、人間をトランス状態に導く力がある。
 
 しかし、私には、憑依していたものが、逆に、落ちていくという感覚がある。
 文明の垢 (あか) というものかもしれない。
 人間であることの業 (ごう) というものかもしれない。
 そういう、人間に憑依する現世的なしがらみを、虚無の風が吹き流していく。
 
 ブライアン・ジョーンズは、晩年、その風の音を聞いたのだ。
 どおりで、ストーンズの他のメンバーからはじき出されてしまうわけだ。
 
 当時ストーンズは、「さぁ 稼ごうぜ!」 の渦中にいた。
 彼らは、表向きはドラッグとスキャンダルにまみれた不良グループを装っていたが、陰では、コンサートを維持する体力を養うために、隠れてジョギングをしているような匂いがあった。
 ブライアン・ジョーンズのような、本物の虚無と退廃を、音として知ってしまった人間は、単に迷惑なだけだったのだ。
 
 私は、心を空っぽにしたいとき、必ずこのモロッコ音楽を聞いている。
 それが流れ出すと、オーニングの下で眺める芝生の情景も、自分の部屋で眺める本棚の本も、たちまち消えて、目の前に、その音を育てたサハラ砂漠が広がっていく。
 それと同時に、この音に魅せられたブライアン・ジョーンズという不思議な男のことが、チラッと脳裏をよぎる。
 
 彼もまた、プールに浮かぶ最後の瞬間に、北アフリカの砂漠を幻視したのだろうか。
 
 
 
 モロッコの音が、砂漠の上を流れる風になり、やがて私は、何も考えない虚無の時間に落ちていく。
 
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