うっかり乗り越し

 
 電車通勤をしていると、降りる駅を忘れて、うっかり乗り越してしまうことがある。
 車内で読んでいた本があまりにも面白くて、ついつい降りる駅を忘れたということも何回かあった。


 
 しかし、一番多いケースは、シートに座って寝てしまったとき。
 
 パッと目が覚めたときに、見知らぬ駅の風景が目に飛び込んでくると、相当あせる。
 「いかん! 乗り越しだ」
 と思って、あわてて飛び降りるわけだが、ときどき寝ぼけて、手前の駅で降りてしまうことがある。
 
 特に、席を立って、まだドアも出ないうちに、降りる駅の手前だったことに気づくとミジメだ。
 座り直そうと思っても、もうその席には他人が座っている。
 今さらその人の前に立ったところで、席を返してくれるわけもない。
 ときどきそういう他人を見ると、意地悪な私などは、
 「へへへ、ドジなやつ」
 と心の中で笑ってしまう性格なので、立場が代わり、自分が笑われる番になると、恥かしさで死にたくなる。
 
 … ので、「へん! 俺はここで降りるんだよぉ」
 てな顔をして、堂々とその車両を降りる。
 そして、コソコソと一本後ろの車両に回って、何食わぬ顔をして乗り込む。
 
 ま、こういうケースは、そう滅多にあるわけではない。
 不思議なもので、電車で寝てしまっても、自分の降りる駅になると、だいたい目が覚めるものだ。
 体のリズムが、降りる駅を覚えているのかもしれないし、目をつぶっていても、耳だけは覚醒していて、車掌のアナウンスを拾っているのかもしれない。
 
 ところが、アルコールが入っているときは、この限りではない。
 私は、東京の山手線という路線に乗って、途中から中央線ないしは、総武線という路線に乗り替える。
 
 昔、会社の近くで、しこたま飲んでから、山手線に乗った。
 席が空いていたので、すぐに座り、寝てしまった。
 相当長く寝たつもりでいたが、目が覚めると、たった1駅しか進んでいない。
 「あれ?」
 と思って、時計を見ると、その1駅を進むだけで、1時間もかかっている。
 山手線というのは環状線で、約 1時間で 1周する。
 なんのことはない、1周分眠ったのだ。
 
 このときは、まだ帰る電車があるから良かった。
 最悪は、終点近くまで寝てしまい、帰る電車がないとき。
 
 「本日、東京方面の上りの電車はすべて終了しております。どなた様も気をつけてお帰りください」
 … なんて、無責任なアナウンスで起こされても、どうするすべもない。
 特に、忘年会シーズンなどは、仲間がいっぱいいる。
 みんな 「ここはどこだ?」 状態で、自分の置かれている状況を把握しきれずに目をシロクロさせている。

 昔、そういう客たちを相手にする、違法タクシーの業者が横行していた。
 改札口で、そういう運転手たちが並び、途方にくれている終電の客たちに向かって声をかける。
 「高円寺・荻窪方向にお帰りのお客さまはいらっしゃいませんか ? 」
 「国立・府中方向のお客さんはいらっしゃいませんか ? 」
 
 うすら寒い、見知らぬ駅に放り出された客たちからすれば、その声は、天から地獄に吊るされてきた命綱のように感じられる。
 同じ方向に帰る人間が集められるのだから、料金も頭割にすれば安いもの … という先入観があるから、喜んでタクシーの運ちゃんの助けにすがりつく。

 ところが、4人座れるはずなのに、1台に詰め込まれる人間は3人まで。
 助手席には、運転手の相棒が座っているのだ。
 その相棒が、同じ方向に帰る客たちから、それぞれ一人で乗ったときと同じ額の料金を徴収し始める。

 「そりゃ話が違うぜ」
 などと言おうものなら大変だ。
 相棒が、クルマの室内灯をつけて、自分の顔をぬっとさらす。
 それだけ。
 お客に説明する言葉ひとつあるわけではない。
 ただ、無表情な顔をさらす。
 それだけで、たいていのお客は、東映の 『仁義なき戦い』 を観ているかのような気分になって、沈黙を余儀なくされる。

 こんな目に何度か遭うようになって、私は、飲むときは駅を降りて、地元の店に寄る習慣が身についた。
 そうすれば、酔って終電を逃すなんて心配もなく、歩いて家にたどりつけるから安心だ。
 
 あとは、映画 『極道の妻たち』 で凄みを利かせるような、わが家の組長夫人の顔を避ければいいだけなので、まぁリスクは小さい。
  
 

カテゴリー: ヨタ話   パーマリンク

うっかり乗り越し への6件のコメント

  1. スパンキー より:

    終点でオロオロしていると、何故か色っぽいオンナと意気が合い、二人はお互いを警戒しながらも近くの旅館で
    一夜を共にすることになるーーーこれは浅田次郎の短編小説ですが、どうもその設定が中央線の高尾駅らしい雰
    囲気なのです。
    町田さんも同じ中央線沿線居住者。こうした経験を積んでもう一皮剥けたら、凄いエンターテイメントなものが
    書けたかも?
    夢よもう一度。こんな場面に遭遇するかも、ですよ!

  2. 町田 より:

    スパンキーさん いい情報を教えてくださいました!
    >「何故か色っぽいオンナ」 が終電を逃してしまうのは中央線の高尾駅なんですね。
    今度は、私も酔っ払って寝込んだときは、なるべく高尾で目が覚めるように努力します。
    ただ、浅田次郎さんなら、そういう設定で短編も書けるでしょうけれど、私の場合は、そういう色っぽい女性と
    >「意気投合する」 っていうイメージが浮かばない。
    意気投合する前に、「何よ、気持ち悪いオヤジ。シッシッシ!」 と追い払われそうな気がしてしまうのですが。

  3. TJ より:

    学生の頃・・・冬場は乗り越しいっぱいしました。特に地下鉄東西線が多かったです。飲んで帰るとまず3回に
    1回は、冬場の暖房と車輌の揺れが眠気を誘い気づくと『あれ、さっき浦安だったのに・・』とすでに折り返し
    で反対方向にむかう車内で『本日最終中野行き~~』と車掌の車内放送何度も聴きました^^

  4. 町田 より:

    TJさんもそうですか。誰にも 「うっかり乗り越し」 というのはあるんですね。
    確かに、冬場の電車の、あの暖かい暖房と適度な揺れは大敵です。
    地下鉄東西線は、私も使うことが多い路線です。共通に知っている駅名が出てくるようなローカルな話題で、話
    が通じてしまうというのも、なんか面白い気分になりますね。

  5. 赤の’57 より:

    学生のとき、始発の時間まで飲んでいて、山手線を2周半したことがあります。
    ガラガラだった電車につい、横になってしまいましたが、気が付いたときは超満員状態になっていて、恥ずかし
    くて次の駅で飛び降りました。
    高田馬場で乗り、降りたのが新橋。
    時間的に2周半していたことになります。

  6. 町田 より:

    赤の’57さんの場合は、山手線を「2周半」ですか!
    それは、また何と剛胆な!
    若い頃は、皆さんこの手の武勇伝(?)をお持ちなんですね。
    でも私は、中年になっても相変わらず、降りる駅の手前で電車を飛び出したり、本を読んでいて、乗り越したり
    しています。
    時間管理がルーズなのかもしれませんね。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">