グラディエーター

《 昔の映画の現代的鑑賞法 歴史編8 》
 
「グラディエーター」
 
 2000年に公開された『グラディエーター』は、『ブレードランナー』、『エイリアンⅠ』などのSFもので、その人気を不動のものとしたリドリー・スコットが、初めて挑んだローマ史劇。
 とにかくデカダンスな美学に溢れた未来都市や、エイリアンのグロテスクな美に満ちた宇宙船など、この世に存在しないものに関して、天才的な美術センスを発揮する監督だけに、彼がどんな古代ローマを再現したかということが最大の見所となる。

 
 
《絵画の手法を採り入れた映像》
 
 それにしても、「お見事!」の一語。
 古代ローマのコロシアムやローマ市全景などの再現は、まさにリドリー・スコットの世界。
 壮麗なコロシアムを、最初は俯瞰し、やがて視点がふわっと宙に浮く。
 そして、みるみるうちに鳥瞰になっていく。
 あの『ブレードランナー』で再現された未来都市を鳥瞰するときの不安と快感に満ちた浮遊感。
 それがそっくり古代ローマの街で再現されている。
 
 荒涼とした南スペイン(…という設定だがアラブ風)の大地と、その荒野に映える異国の町の映像も、実にエキゾチック。
 北アフリカ風の建物で埋め尽くされた砂漠の町は、古代というより、近未来SFの舞台となりそうな映像だ。
 ところどころ挿入されるホラー映画風に彩られた雲の映像も、スコットのゴシック趣味をよく表している。
 荒涼とした大地を覆う、真っ赤に染まった雲。
 ときどき空をかすめる稲妻。
 エル・グレコが描きそうな風景だ。
 
 とにかく、このリドリー・スコットという人は、ルネッサンス時代の絵画からポップアートに至るまで、よく美術を見ている人だという気がする。
 
《ローマ軍団の戦いを忠実に再現》


 
 映像的な表現で興味深かったのは、「ローマ軍団」という組織の捉え方。
 オープニングからいきなり始まったゲルマン人との戦闘シーンでは、リドリー・スコットが、いかにローマ軍団というシステムを理解していたのかが分かる。
 最新テクノロジーを満載した兵器類(カタパルトのたぐい)。それを冷静に手馴れた動作で操作する兵士たち。
 火矢や投石器、投槍器などで相手の陣形を乱した後は、重装歩兵の一糸乱れぬ進軍が始まる。
 道がぬかるんでいようが、丸太のような障害物があろうが、まるで戦車のキャタピラのように踏み下していく歩兵軍団。
 隊列そのものが、一匹の巨大な龍のように動いていく。
 ローマ軍という組織の全貌が伝わる見事な映像だ。
 
《単純な勧善懲悪でないところがミソ》
 
 人物の描き方はどうか。
 話のキーになる人物は 2人。それがしっかりと「善」と「悪」に分かれる。
 職務に忠実で、正義感が強く、家族を愛する軍人マキシマス(ラッセル・クロウ)と、権力欲が強く、残忍で、虚栄心の強い皇帝コモドゥス(ホアキン・フェニックス)。
 その残忍な皇帝コモドゥスにうとまれた将軍マキシマスが、奴隷に身を落としながらもグラディエーター(剣闘士)となってローマに戻り、群集の声援を味方につけて、皇帝に復讐を果たすという話。
 一見、きわめてステレオタイプ化された勧善懲悪ストーリーに見える。
 しかし、注意深くこの映画を観ていくと、実は、主人公マキシマスより、皇帝コモドゥスの悲劇を描いた映画だということが分かってくる。
 
《悪役コモドゥスの悲劇》
 
 コモドゥスの父であるマルクス・アウレリアスは、死期の近いことを悟り、息子のコモドゥスを病床に呼び出して、次の皇帝には、息子ではなく、部下のマキシマスを選ぶつもりだと伝える。
 当面の敵であったゲルマン人を退け、ローマ帝国は、ようやく平和な時代を迎えようとしていた。
 戦争と剣技にしか興味のないコモドゥスは、その平和の時代の統治者として不適格だと判断したからだ。


 
 しかし、父の意向を聞いたモドゥスは、目に涙をいっぱい湛えて訴える。
 
 「父上は、かつて統治者に必要な要素として、三つの特性を言いました。
 それは、自制心、協調性、忍耐力です。
 どれも、私には欠けているものばかりです。
 しかし、私には、私しか持っていない美徳があります。
 それは、野心、勇気、そしてあなたに対する忠誠心です。
 あなたは、なぜ私の持っていないものだけを、あえて私に押し付けようとするのですか?」
 
 わからず屋の、バカ息子のセリフのように聞こえる。
 が、そうではない。
 もし、ローマが勃興期で、周囲に敵ばかり抱えていた時代なら、コモドゥスの特性の方こそ、統治者に望まれる器量なのである。
 織田信長などは、若い頃はコモドゥスのような生き方をしていたのだ。
 もし、信長の父である信秀が全国統一を果たした後に、信長が生まれていたら、信長は「日本のコモドゥス」でしかなかったろう。
 
 つまりにここに、「遅れてきた英雄」という第一の悲劇がある。
 第二の悲劇があるとしたら、それはコモドゥスが慕っていた自分の父と姉が、そろいもそろって、自分より他人のマキシマスの方を愛していたということである。
 父が、実子より他人の能力をほめたたえ、ひいきにして可愛がるというのは、子供のプライドをずたずたに傷つける。
 また、異性のように慕っていた姉が、これまた、マキシマスを愛し続けたということも、男としてのプライドを逆なでされたことだろう。
 
 こういう生い立ちにおける悲劇性を、一方のマキシマスは経験していない。
 彼には、すでに幸せな家庭があり、彼を尊敬する兵士たちがあり、彼の能力を評価する前皇帝の信頼がある。
 その幸せをいっぱいに手にしたマキシマスは、その分、人間的な陰影が希薄だ。

 一方、悪役のコモドゥスは、悲劇の王子として、陰影に富んだ生涯を送る。
 皇帝コモドゥスの目に映ったマキシマス将軍とは、どんな人物だったのだろうか。
 おそらく、父と姉の寵愛をいいことに、自尊心と名誉欲に凝り固まった、傲慢不遜な男に思えただろう。
 軍の支持を集めていただけに、いつクーデターを起こすか分からない危険人物でもあった。
 それを、早めに除去しようするのは、権力者の自然な判断であったはずだ。 
  
 マキシマスを取り除くためにコモドゥスが行ったドス黒い画策は、残酷で、陰湿でありながら、どこか、悩める人間の高貴な輝きを帯びている。
 そこが、この映画の一筋縄ではいかないところだ。
 
《 “愚かなローマ市民” はウソ?》
 
 基本的によくできたシナリオなので、歴史的な歪曲や、史実との乖離は不問に付してもいいと思う。
 ただ、いくつか気づいたことだけ加えたい。
 例えば「独裁制」か「共和制」かという議論も、あの時代には、すでに元老院中心の共和制よりも、皇帝独裁性の方が政治運営の効率がいいことが実証されていた。
 だから、共和制復活を理想と考える前皇帝のマルクス・アウレリアスの判断には疑問が残る。
 
 また、「パンとサーカスだけを求めた愚かな大衆」というイメージも、最近の塩野七生さんなどの研究によってくつがえされている。
 古代ローマ市民は、むしろ謹厳実直な働きバチだったという。
 「刹那の快楽を求める愚かな市民」という偏見は、たぶんに、キリスト教の布教に伴う政治的なプロパガンダだったように思えてならない。

 この映画は、とにかく映像美を楽しめばいい。
 荘厳な美しさと神秘性を漂わす、古代ローマ市の全景。
 フェティシズムに近い、剣闘士のコスチュームに対するこだわり。
 そして、近世から近代の美術品に範をとった、数々の風景描写。
 全編まさにリドリー・スコットの世界!
 『ベン・ハー』や『十戒』のような、歴史スペクタクル映画のファンのほか、『エイリアン』や『ブレードランナー』のようなSF映画ファンにも満足を与える欲張りな映画だ。
 公開当時、封切館で一度見て、再度 DVD でも見たが、やはりこれは、映画館の大画面で観るべき映画だと思う。
  
 
▼ 予告編

 
参考記事 「ロビン・フッド」 
  
参考記事 「ブレードランナー」
 
 
 

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グラディエーター への4件のコメント

  1. 赤の’57 より:

    こんばんは!
    初めてコメントさせていただきますが、以前から楽しみに読ませていただいておりました。
    グラディエイターは大好きな映画のひとつで、DVDも数回観ました。
    町田さんのコモドゥスの捉え方はとても新鮮で、頷けるものです。
    なるほど、世が世なら、最も成功する資質を備えていたのかもしれません。
    コモドゥスの側から描いた「もう一つのグラディエイター」を創ると面白いかもしれませんね。

  2. 町田 より:

    赤の’57さん こちらこそ初めまして。
    同じ映画に関心を持たれている方のコメントを頂き、とても嬉しく思います。
    私もまた、赤の’57さんのブログは楽しく拝読しておりました。
    4~5日ぐらい前でしたか、ビル・エバンスの記事を書かれているのを見て、私もまた大好きなアーチストだったので、コメントさせて頂こうかと思ったのですが、’57さんの記事が、とても端正で上品な筆致だったので、少し腰が引けてしまいました。
    私などは、音楽ネタを書くときも、素人のクセに、厚かましく、「さも分かったように」書いてしまうのですが、’57 さんの記事を読んで、「本当に分かっている人はこう書くのか…」と思ってしまい、ちょっと恥かしくなってしまったのです。
    今後は、もう怖がらずに、コメントできるような記事の場合は、何か書かせていただきます。
    今後ともよろしくお願いします。

  3. 赤の’57 より:

    町田さんが私のブログの駄文を読んでいただいているなんて、大変光栄です。
    町田さんのブログはカミさんもお気に入りで、「今日のも面白かったね!さすが、プロの書く文章は違うよね
    ~」などと、よく話しています。
    私自身、もう少し表現力があれば自分の思うことをもっとうまく伝えられるのに…と思うのですが、まあブログだから…と気楽に書いています。
    その気になったときだけ、お気軽にコメントいただければ嬉しいです。
    今後もよろしくお願いいたします。

  4. 町田 より:

    赤の’57さん こちらこそ、お褒め頂いて光栄です。
    ’57さんのブログは、趣味の自動車を語る語り口も、とても上品で、含蓄があって、抑制も効いていて、いつも感心しておりました。
    私のような、つい「押せ押せ」で書いてしまう人間は、時に、自分が恥かしくなってしまうことがあります。
    いろいろと教えて頂いているのは、こちらの方です。

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