吉行淳之介の洒脱

 
 村松友視氏の 『淳之介流 やわらかい約束』 (河出書房新社 2007年刊) という本が登場したせいか、ここのところ、ちょっとした吉行淳之介ブームだ。


 
 期を同じくして、ちくま文庫からも、彼の生前最後の単行本となった 『懐かしい人たち』 というエッセイ集が文庫化されたという。
 いろいろな雑誌でも、彼の若い頃の写真が掲載され、本人のことを知らない女性たちからも、
 「あら、いい男」
 などと評判を取っているという話も聞く。
 
 
 
 しかし、今、この作家の名前を知っている若い人がどれだけいるかというと、ほとんどの人は知らないのではなかろうか。
 女優の吉行和子さんのお兄さんであるといった方が、まだ、通りがいいかもしれない。
 
 村上春樹は、10年ほど前に、 『若い読者のための短編小説案内』 で、吉行淳之介の 『水の畔り』 を採りあげたが、そのときすでに、大半の若い読者は、村上春樹は読んでいても、吉行淳之介の本など読んだことがなかったらしい。
 
 もっとも、吉行淳之介という作家は、いちばん知名度が高かった時代においても、読者によって好悪の感情がはっきり分かれる人だった。
 
 よく思わない人は、教育関係者やPTA職員などに多かった。
 なにしろ、娼婦の館に入りびたる主人公を描いた小説で芥川賞を取った作家である。
 作品世界には、「性」 を商いとする女性たちが数多く登場する。
 そこには、「愛のないセックス」 が描かれることも多い。
 
 当時、ヨシユキといえば、今でいうフーゾクの最先端を描く作家というイメージが一部にはあった。
 実際、読んでみれば、小説の舞台はそういう場所であっても、描かれる世界はまったく違うものであることはすぐ分かる。
 作品を読んだ人と、読まずに先入観で判断した人との間に、これほど評価の差がついた作家は、そう多くはあるまい。
 
 私は中学生の頃、この作家に夢中になり、「女性の言動とその心は、往々にして裏腹である」 などということを理解する小生意気な少年になった。
 
 もっとも、ガキの精神状態で、男と女の世界が本当に理解できるわけはなく、
 「男は、本当にホレた女の前では、何もいえなくなってしまうものだ」
 という、ごく当たり前の一般論を、さも吉行淳之介の作品から勉強したように錯覚していたに過ぎない。
 
 少年だった頃の私には、吉行淳之介の小説というのは、男と女の間に緊張の糸が張りつめたとき、その糸の強さ、弱さ、美しさ、切なさなどを描き分ける小説のように思われた。
 そして、カノジョができるような年頃になってからは、彼の作品は恋のノウハウを伝授する指南書として機能した。
 
 しかし、「それは違うのよ」 と、語ってくれた女性がいる。 
 
 社会学者の上野千鶴子さんだった。
 「吉行淳之介の作品から、女を学ぶことは難しい」
 という。
 
 20年ほど前だったか。
 自動車メーカーの広報誌を編集していた私は、自動車評論家の舘内端さんと上野さんの対談を企画したことがあった。
 
 当時、上野さんは京都にお住まいだった。
 対談が終わって、京都行きの新幹線に乗る時間が来るまで、私は、新横浜近くの喫茶店で、上野さんに雑談のお相手をさせていただいた。
 
 なぜか、吉行淳之介の話題になった。

 上野さんがいうには、
 「彼は、男と女の関係を上手に書く作家だという定評があるけれど、彼の描く世界に “女は存在しない”。 描かれているのは、すべて “男の自意識” ばかり。 彼は、女性を書けない作家である」
 
 当時、バリバリのフェミニストとしてならした上野さんらしい発言だった。
 
 「なのに、頭が良くて、感性の鋭い男ほど、吉行マジックにだまされてしまう」
 
 彼女はそう言って、私に苦笑いを投げかけた。
 それは、私のことを指したお世辞のようにも取れ、少しうれしいような、複雑な気分になった。
 
 その言葉で目が覚めたというわけではないが、その頃から、吉行淳之介は私のアイドルではなくなった。 
 でも、その後も、あいかわらず私に影響力を与えつづけた作家であったことにはかわりない。
 
 今、また巷で 「吉行復活」 の声が流れるたびに、こういう作家は、もうこの世に出てくることはあるまい、という気持ちを新たにする。
 
 彼は、作品を離れた人間として評価されるとき、 「粋」 だとか、 「洒脱」 、 「都会的」 などとという修辞語で飾られることが多い。
 しかし、 「粋」 とか 「洒脱」 とかいう感覚は、その  “感覚”  が人々の共有財産として生きていた時代が終われば、消える。
 
 吉行本人も、よくエッセイで書く有名な話がある。
 
 ある酒場で、 1階から 2階へ上がるとき、吉行淳之介は、1階で客の相手をしていた馴染みのホステスのお尻をそぉーっと撫でてから階段を上がった。
 しばらくして、その撫でられたホステスが、2階に駆け上ってきて大声で叫んだ。
 
 「さっき、私のお尻を撫でたのは誰?」
 
 彼女は、抗議に来たわけではない。
 「あんなに上手に触る人がどんな人なのか、確かめに来たの」
 というわけだ。
 
 「女性のお尻の触り方は難しい」 と、吉行は書く。
 「腿 (もも) 、 膝 (ひざ) 3年、尻 8年」 とも。
 「桃、栗 3年、柿 8年」という標語をもじったダジャレだ。
 
 女性の腿と膝を触って、相手をうっとりさせるには、3年の修行が必要。
 お尻はさらに難しく、8年かかる、というのである。
 
 だが、このような話は、もう現代では通用しない。
 セクハラか、痴漢以外の何ものでもない。
 このような冗談話を、みんなで笑える土壌というものが、今はない。
 
 しかし、この感覚が、男にとっても女にとっても 「洒脱」 だと感じられた時代が過去にはあったのだ。
 そこには、大人の笑いというものがあったように思う。
 
 「ちょいワルおやじ」 のブームで、遊び心をわきまえたお洒落なオヤジというのが、あいかわらず脚光を浴びている。
 しかし、吉行淳之介的な 「洒脱」 というのは、それらの 「ちょいワルオヤジ」 のお洒落とは永遠に交わることはないだろう。
 
 「ちょいワルおやじ」 系メディアが、どこかで家庭外恋愛をほのめかしたとしても、それは、社会が許す規範のなかでの逸脱だ。
 吉行淳之介的な逸脱というのは、 「社会」 と 「反社会」 のはざまにある。
 
 社会の規範などという退屈なものは、まっぴらご免。
 しかし、その規範に真っ向から非難を浴びせたりするのは、さらにヤボ。
 
 彼は、1960~70年代の、世の中の成長神話に与することもなければ、それに異を唱える 「進歩的文化人」 の仲間に名を連ねることもなかった。
 「右翼」 でも 「左翼」 でもなく、 「保守」 でも 「革新」 でもない微妙な空間に一本の細い綱を渡し、その綱の上で遊ぶことが、吉行淳之介の 「洒脱」 であったように思う。
 
 彼にとっての 「洒脱」 は、 「恥を知る」 ということであったが、その 「恥を知る」 という心境を、直接的なメッセージとしてではなく、小説などでコソッと打ち明けるところに、彼の独自の境地があった。
 自分の思想を声高に発表することが、知識人としての使命と信じられていた60~70年代。
 彼は、そのような進歩的文化人たちに対し、心の中で、 「恥を知れ」 とつぶやいていたような気がする。
 
 こういう感性をもっている人を、現役のモノ書きのなかに探すことは、非常に難しい。
 吉行淳之介が再び採りあげられる時代が来たということは、逆にいえば、吉行的な生き方が存在する余地が完全に失われた時代が来た、ということかもしれない。
 なくなったからこそ、見えてくるものもあるのだ。
   
 参考記事 「吉行淳之介 『驟雨』 」 
 
 

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吉行淳之介の洒脱 への1件のコメント

  1. 村松友視の「淳之介流・やわらかい約束」を読んだ!

    「今、なぜ吉行淳之介なのか?」。本の帯には以下のようにあります。性を通して人間の本質を追究し、文壇の第一線をた作家・吉行淳之介。ダンディズムの奥底にあるしたたかな色気と知られざる魅力。その作品と人物像の行間を炙り出す渾身の書き下ろし! 村松友視の

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