クルマ社会の未来(1998年当時の予想)

 
 実は、意図的に意識の中に封印して、閉じ込めている書物がある。
 キャンピングカーとはいえ、まがりなりにも自動車の普及を目指す仕事に携わっている自分にとって、この本は、自動車市場の拡大に水を注す危険な(?)書物に思えたからだ。

 その本の名は、
 『エコカーは未来を救えるか?』(三崎浩士・著/ダイヤモンド社)。
 発行されたのは1998年。約10年前。
 自動車産業にとって、環境問題とは何なのか?
 そこに、ズバリと切り込んだのが、この書物だ。
 
 
終末へのおごそかな予言

 地球温暖化、エネルギー資源の枯渇、バイオエタノール燃料。
 今でこそ、そのような言葉をニュースで聞かない日はないが、この本が発行された1998年には、経済不況をテーマとする報道・社説のたぐいはごまんと溢れていても、環境問題は、ごく一部の良識的な知識人向けの話題であるかのように、メディアの片隅を遠慮がちに陣取る程度でしかなかった。

 だが、
 1) 地球温暖化は、自動車産業にどのような問題をもたらすのか?
 2) 石油エネルギーは、あと何年持つのか?
 3) バイオエタノールなどの代替燃料は、有効なのか?
 4) 石油エネルギーが枯渇した後の、人類の移動手段はどのように なるのか?
 今、メディアのキャスターたちが口にしない日のないこれらのテーマは、実は、すでに10年前に書かれたこの本において、すべて展開されている。
 しかも、圧倒的な絶望感に彩られた筆致で。

 この本の主調は、実に暗い。
 「自動車に明るい未来はない。今日のような大規模な自動車社会は二度と出現しない。誰もが自動車を乗りまわせる時代は終焉を迎える」
 まるで、宗教家が、聖書の黙示録でも語るように、おごそかに自動車社会の終末を予言するこの結論は、しかし、決していたずらに人々の不安感を増長させたり、悲観的な世界観を提示するために持ち出されたものではない。

 自動車メーカーの技術者として、長年、省エネ車の研究に携わっていた著者が、「自動車の1日でも長い延命」を模索するなかから出てきたのが、実はこの結論なのである。
 
 
ガソリンエンジンは至高の技術だった

 まず、筆者は自動車技術者らしく、「内燃機関として、現在のガソリン車・ディーゼル車のエンジン機構に勝る動力装置はほかにない」と断言する。
 筆者は、石油燃料の合理性として、
 1) エネルギー密度が高いこと。
 2) 燃料が液体で取り扱いやすく、燃料タンクの形を自由にできること。
 3) 燃料の後始末が要らず、エンジンの始動・停止も簡単であること。
 の3点を挙げている。

 いま普及しているガソリン車・ディーゼル車のエンジンは、構造的にも、コスト的にも理想的なものを実現しており、人類の技術史のなかでも最高傑作といえるほどの完成度を示しているとか。
 このガソリン系エンジンの高効率化・ハイブリッド化が進む一方、今は、電気自動車、燃料電池車、天然ガス自動車、アルコール燃料車などの研究も進められている。
 しかし、筆者は、
 「石油燃料が安定供給されるかぎり、ガソリン車・ディーゼル車がそれらのクルマにとって代わられる日は来ない」
 という。
 
 
人類に残された石油はあとどのくらい?

 それほど完璧な内燃機関であるガソリン・ディーゼルエンジンの最大のネックは何か?
 それは、石油を消費するエンジンだということである。
 筆者はいう。

 「IEA(国際エネルギー機関)の調査によると、2010年には、石油の生産量が現在(1998年)の1.5倍になり、それ以降は需要が逼迫し、2030年に枯渇に向かうことになる。
 石油の埋蔵量は、地質学的に見て推定される原始埋蔵量(7兆バーレル)と、経済的に見て採掘可能な可採埋量(2.2兆バーレル)に分かれる。
 そして、可採埋蔵量は、すでに産出してしまったもの(0.6兆バーレル)と、現在確認されているもの(1兆バーレル)、未発見のもの(0.6兆バーレル)に分かれる」
 ややこしい計算だが、要は、人類に残されている石油は、採掘可能な2.2兆バーレルのうち、未発見のものも含めて、あと1.6兆バーレルしかないというわけだ。
 わずか100年足らずのうちに、人類は石油資源の約3割を消費してしまったことになる。

 この消費率は、年を追うごとに加速度的に高まるため、残りの7割を消費してしまうのに、あと100年もかからないかもしれない。
 この本が書かれた1990年代後半、まだ石油埋蔵の算出には、いくつかの異なる見解があった。

 しかし、2006年になって、オックスフォードで地質学を学び、国際的石油会社でコンサルティングを務めたことのあるジェレミー・レゲットは、その著書 『ピーク・オイル・パニック』 で、
 「人類に残された石油は、あと1兆バーレルに過ぎず、石油生産量がピークに達するのは、ここ10年以内である」
 という予測を立てた。
 これが事実ならば、やがて大パニックは必至である。
 
 
バイオエタノールは信頼できるのか?

 しかし、化石燃料の代わりとして、トウモロコシ、サトーキビ、大豆などを原料としたバイオエタノールの実用化が急速に進んでいるではないか、という人がいるかもしれない。
 
 この本が世に出た90年代の後半、まだバイオエタノールの実用化は現在のように進んでいなかった。
 だが、著者はすでにバイオエタノールに関しても、疑義を提出している。
 「再生可能なバイオマス(生物)から生産する新しいエネルギー源の開発が急ピッチで進められているが、バイオマスエネルギーは、将来の人口爆発とエネルギー不足による食糧危機と必ず衝突するだろう。
 アメリカではトウモロコシからエタノールを製造する試みがあるが、得られるエネルギーに対し、投入するエネルギーは1.4倍という試算がある。サツマイモから作るには2倍必要となる」

 このエネルギー配分は、もしかしたら現在の技術改良によって、変わっているのかもしれない。
 しかし、砂漠や海底にも眠っている石油資源に比べ、有限な耕地で生産される穀物エネルギーが、寒々しいほど有限であることには変わりない。
 
 
温暖化の前に訪れる危機

 この書物の斬新な点は、現在、環境問題の筆頭に挙げられている「地球温暖化」などよりも前に、さらに深刻な危機が来ることを指摘していることだ。
 「温暖化とは、化石燃料の使用などによるCO2(二酸化炭素)や、人工のフロンの放出などで、温室効果ガスの濃度が高まり、太陽と地球の間のエネルギー収支のバランスが崩れ、大気温度が上昇することである。
 その結果、海面上昇で水没する地域が発生するほか、熱帯地方特有の疫病の拡大、農作物収穫量や生態系の変化などが生じると予想される。

 しかし、将来の自動車の生命線を握っているのは環境問題ではなく、エネルギー問題である。
 本当の危機は、エネルギーの枯渇によってもたらされる。
 エネルギー資源が枯渇するにしたがって、否応なく経済が縮小するとともに、CO2排出も、廃棄物も化学物質も減少し、環境問題はおのずから“解決”の方向に向かうだろう。

 今日の自動車は、温暖化や大気汚染をはじめとする環境問題の元凶として捉えられているが、それはエネルギーの供給が続くと仮定した場合の話であって、本当の自動車の危機は、エネルギー資源の枯渇にある」
 さらに、悲観的な気持ちにさせるのは、石油だけでなく、石炭、天然ガス、鉄、銅、ウランといった、液化燃料以外の化石燃料や鉱山資源も、いま急速に枯渇しているという指摘。
 石炭の確認埋蔵量は、あと200年分あるが、天然ガスは、あと60年分だとか。
 
 
地には馬車。海には帆船

 このように、すべてのエネルギー源が枯渇した地球の未来社会はどうなるのだろうか。
 「いずれ人類は、日が暮れたら水を飲んで寝る生活になるだろう」
 と筆者はいう。
 別の専門家によると、
 「地上には馬車が復活し、海には帆船が浮かぶようになる」
 とも。

 まるで、SF小説のディスユートピアの世界が訪れるような印象があるが、しかし、この筆者は、まだ人類の英知への期待を完全に失ったわけではない。
 この本が世に出た1998年の前年、トヨタのプリウスが誕生している。
 
 この国産車初の量産型ハイブリッド車を例に採り、筆者はいう。
 「ハイブリッド車は、停止時はエンジンが停止するので、停車が多いような使い方では燃料の節約が可能だ。発信時や部分負荷で走るときは、電気自動車の効率の良さを生かした純電気自動車になる。
 加速時はバッテリーからも電力を供給する。電力はエンジンでつくり出す。外部電源からの充電も可能となる」
 
 それだけの記述なのだが、ここは、筆者がこの本で唯一肯定的な評価を下している箇所である。
 その言外の含みにおいて、人類は、石油が枯渇する前には、このような時間稼ぎを行いながら、もしかしたら、画期的なエネルギー対策を講じるかもしれない、という思いがあるようにも感じる。
 沈黙を守りながらも、自動車技術者として、祈るような期待を抱いている風情が伝わってくる。
 この本が、良い意味で、作者の予言を裏切ってくれる本であってほしいと思う。
  
  

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