団塊シニア群像3 「反骨の人」

《 諸悪の根源はネットゲーム? 》
  
 K氏は、この2007年で58歳。
 団塊世代の末の方に位置する年齢である。
 そのK氏と知り合って、もうかれこれ20年。
 いまだ、彼がどのような仕事に就いて、どのような暮らしをしているのか、正確には知らない。
 
 飲み屋のカウンターで顔を合わせて趣味の話をするだけだから、お互いの仕事がどうであろうと、それが話題に影響することはない。
 しかし、彼がどのような仕事に就いているのか、会話の流れから察することはできる。
 
 いろいろな建築現場を渡り歩く仕事のようだ。
 58歳で、肉体を使う仕事がいつまで続けられるのか、そういう不安もあるだろうが、K氏は、そういうことはおくびにも出さない。
 
 顔を合わせると、
 「司馬遷 (しば・せん) の匈奴 (きょうど) 列伝に描かれる冒頓単于 (ぼくとつ・ぜんう) は、世界史の中でも傑出した英雄だよね」
 などという話題をいきなり繰り出してくる。
 
 「暑いね」 「寒いね」 「忙しい?」 「今日は早いね」
 などという前フリは一切なし。
 
 「冒頓は、漢の高祖を戦いで下したのに、漢は、匈奴が文字を持たない民族であることをいいことに、対等な和睦だという記録を勝手に残している。実質的には匈奴の大勝利なわけでしょ?」
 
 古代ユーラシアを疾駆した遊牧騎馬民族の話だが、歴史に興味がない人は、いきなり、そう言われても、何のことだかよく分からない。
 
 実は K氏、建築現場の仕事に就く前は、出版社にいたという経歴の持ち主。
 頑強・壮健な肉体を持ちながら、頭のなかは知性と教養が渦を巻いている。
 特に、中国史、古代ユーラシア史が大好き。
 KOEI の「チンギスハーンⅣ」 というパソコンゲームのマニアである私とは、そこで話が合う。
  
 ただ、歴史の話はいいとして、“パソコンゲーム” という言葉は、あまり K氏の前では口に出せない。
 「ゲーム?」
 ジロリとにらむ彼の目に、ムラムラと戦いの炎が燃え上がるからだ。
 
 「今の若者たちの想像力を奪った元凶は何か! それはテレビゲームである。それを大人が楽しんでいるなんて、人間のもっとも偉大な能力である想像力に対する冒涜ではないのか?」
 
 表現は少し違うだろうけれど、そんな言葉がいきなり降ってきそうだ。
 
 「団塊世代は議論好きである」
 という印象を、下の世代から持たれることが多いようだが、たぶんそういう印象は、この K氏のような人たちによってもたらされたものに違いない。
 
 K氏のたまわく。
 「人間の想像力の原点となるものは何か? それは本だ。活字には映像が付随しない。だからこそ、人間は活字が表現しようとする情景を、自分のなかに蓄えられた情報を駆使して、心のなかでビジュアル化する。
 それが、人間の想像力を養う力になってきた」
 
 なのに、テレビゲームが、本を読む楽しみを子供たちから奪った。そして、殺伐としたシューティングゲームなどで、生命を殺すことへの抵抗感も、子供たちから奪った。
 さらに、リセットボタンを押せば、簡単に人生をやり直せるという安易さを子供たちに植えつけた。
 その子供たちが大きくなって、どのような社会が生まれたか?
 
 「他人の立場に立ってものを考える力がない若者がたくさん生まれるようになった」
 と、K氏はいう。
 
 「他人の立場に立つ」 には、その他人が、今どのようなことを感じているのか、それを推測する “想像力” がなければならない。
 しかし、想像力が貧困なゲーム世代は、この能力が徹底的に欠如している。
 
 そのような説を、一通り披露した後、
 「さぁ、反対意見があるなら、反論をどうぞ!」
 と言わんばかりに、いったん口をつぐみ、カッと目を開くのが、K氏のクセだ。
 ヒゲこそ蓄えていないものの、その眼光の炯炯 (けいけい) と輝くこと三国志に出てくる関羽将軍のごとし。
 

 
 その目で見つめられると、すでに人生の 3万6,500時間をファミコン、プレステ、パソコンゲームで費やしてきた私は、何もいえなくなる。
 
 K氏は、電気モノが嫌いだ。
 パソコンはいうに及ばず、携帯電話も、どうやら “電気モノ” に入るらしい。
 
 「電車に乗って、前の席に座っている人たちを見たら、もう人間の文明は終わったという感じがした」
 と、こぼす。
 
 電車に乗ったら、前の 7人掛けの関に座った男女全員が、携帯の画面を見ながら、指を動かしていたという。
 「ゲームかメールか知らないが、本を読んでいる人間なんて、一人もいなかった」
 と、元出版社にいた K氏は、天山山脈の領土を漢民族に追われた匈奴の民のように、顔を曇らせて嘆く。
 
 携帯電話が、日本文化を滅ぼす!
 そう観測している K氏は、
 「世の書物を焼き尽くそうとした秦の始皇帝とは逆に、自分は、今後はとなりで携帯電話を使うヤツがいたら、それを取り上げて、火にくべてやる!」
 という決意をみなぎらせる。
 
 おいおい本気かよ … と、怖くなったが、さすがにこのときは冗談だった。
 
 携帯小説なるジャンルも生まれる時代。
 個人のブログなどを通じて、日本人が 「文字情報」 に接する頻度は、以前より高くなっていると、私は思う。
 
 しかし、K氏。
 そこには歴然とした違いがある、という。
 
 本というのは、出版される前に、相当な準備と資金が必要になる。低コストで気軽に情報発信できるネットと、そこが違う。
 書籍の場合は、間違った情報を流したり、程度の低い内容のものを出版すれば、出版社の存続すら危うくなる。
 だから、本として世の中に出たものは、それなりに信頼のおけるものになる。
 
 「しかし、ネット情報は違う」
 と、K氏はいう。
 
 情報発信にコストがかからないから、誰もが安易に情報処理する傾向が強い。
 個人のブログなども、裏をとってまでデータを精査していないので、間違った情報を含んでいるものが多い。
 
 「ネット文化とは、基本的に電気の消費を前提として成り立つ文化だが、あと100年も経つと、電力消費が 1日10時間などと制限される時代が来る。ネット文化は、そういう時代に生き残る力はない」
 
 関羽のような相貌の K氏が、眼光鋭く、虚空を見据えながら、そう語ると、
 「いまブログやってます、ハイ!」
 なんて、無邪気にいえなくなってくる。
 
 その店には、時代のブームに敏感なオバ様方も、ときどきやって来る。
 
 「ねぇねぇ、見て。これがそのお店のランチ」
 一人のオバ様が、もう一人のオバ様に、携帯の写メールを見せる。
 
 「あら、ステキね。 3ヶ月も前から予約が埋まっているんですって?」
 「みんなお洒落してくるのよ。お友だち同士誘い合って…」
 
 「この前は、ヨン様が登場して、お客に挨拶して回ったっていうじゃない?」
 「そうなの。その日行った人、しあわせ」
 
 「そういえば、ヨン様の新しい DVD が出るわね」
 「うちは、DVD が増えすぎて、もう置くところがなくなったから、主人の本をみんな物置に入れちゃった」
 「男って、どうして、ああ読みもしない本を飾っておきたいのかしら」
 
 K氏と同世代のオバ様方においても、書籍などより、携帯電話や DVD の方が大切と感じる人たちが増えた。

 そのようなオバ様方の会話を耳にしながら、K氏は静かに目をつぶり、黙って杯を口に運ぶ。
 その表情たるや、武帝に投獄されて、じっと耐える司馬遷のごとし。
  
 
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団塊シニア群像3 「反骨の人」 への2件のコメント

  1. 磯部 より:

    上記のような時代遅れのひとって、いいですよね。ただ、生きてゆくのが大変そう。心に不満が渦巻いているでしょうから。
    かくゆう私も、web作成、果てはSEO対策なるものまで生業としていますが、元々は紙媒体の人間。この世界のスピードの速さには時々ついて行けません。
     
    で、最近ハマッているのが「武士道」や「修養」なる学問?
    世界にこの日本人の精神構造を広めた新渡戸稲造には、いまだに賛否両論あるようですが、私は彼の思想に新鮮なものを感じます。
    角度を変えると、時代遅れってひょっするととても新鮮です。
    元来ひとはアナログですからね。
    町田さんはどう思われますか?

  2. 町田 より:

    一見「時代遅れの人」って、時として、実はトップランナーだった…なんてことも、人間の歴史の中にはときどきあることですね。現在の時点で、評価するのは難しい場合もあります。磯部さんがおっしゃるとおりかもしれません。
    「時代遅れ」でも、凛とした主義主張がある場合は、新鮮なものを感じることがありますよね。
    磯部さんが「武士道」や「修養」なる“学問”にハマっているとは知りませんでした。
    「武士道」って、専門的なことはよく分かりませんが、感覚的に感じるのは“ストイックに生きる”ということのような気もします。
    それって、欲望が何でも満たされるように錯覚してしまう現代社会では、なんだかとってもカッコいいような印象があります。
    ふと、司馬遼太郎の「燃えよ剣」をまた読み返したくなりました。

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