団塊シニア群像2 「趣味の人」

《 会うたびに “初対面 ” 》
 
 仕事のほかに、趣味を持つ。
 場合によっては、仕事以上に、趣味に没頭する。
 仕事で得た資金を、すべて趣味の世界に投入してもかまわない。 
 価値の多元化時代を反映して、そんな人間が増えてきた。
 
 若い人の話ではない。
 そういう生き方が目立つようになってきたのは、団塊の世代からだ。
 
 S氏は、私と同じ昭和25年生まれ。
 サラリーマンから足を洗い、自営業を始めている。
 私とは、それこそ20年来の付き合いになる。
 年に 1~2 回しか会わないのだが、それでも20年間、欠かさず会ってきた。
 
 なのに、会うたびに初対面の人と会うような気分になる。
 
 S氏の趣味が、今どちらの方向に向かっているのか。
 それによって、会ったときの話題がガラリと変るからだ。
 
 知り合った当初の S氏は、カーマニアだった。
 念願のホンダ S600を手に入れて、休日は、それをメンテしたり、走らせたりするのが趣味。
 

 
 「チェーン駆動って、当時賛否両論あったけれど、独特のリヤの挙動がけっこう刺激的でさぁ…」
 などと、マニアックな話題を口にするときは、なぜか、わざと眉をしかめて苦笑いを浮かべる。
 
 「そんなところにこだわるオレって、バカだよねぇ!
 … ってところを強調したいポーズなのである。
 
 当時、自動車ジャーナリズムにも大きな変化があった。
 従来からの読者に支えられていた 「モーターファン」 や 「モーターマガジン」 などという雑誌に対し、二元社の 「NAVI」  などが新しい切り口を提唱。
 政治や経済、思想の言葉を借りながら、自動車を語るようになっていた。
 
 S氏は、その 「NAVI」 的な語り口が大嫌い。
 「自動車を知らない大学教授なんかにエッセイを書かせて、とんでもない勘違いをしてるよね」
 などと、よく私に話していた。
 
 当時、自動車メーカーの広報誌を編集していた私は、そういう 「NAVI」 的な編集方針にけっこう興味を抱いていた一人だが、S氏は、唇の前に立てた人差し指を横に振って、
 
 チッチッチ!
 
 「白いマークⅡは、中流意識の “記号” なんて表現されたって、オレたちにはちっとも面白くないのよ」
  
 それより、名車の名車たるゆえんをギミックなしに展開する「カーグラフィック」的な編集方針の方が、よほど信頼するに足る。
 … という。
 
 そんな S氏が、いつのまにか、クルマのことを話さなくなった。
 興味が J リーグに移ったのである。
 
 「ワールドカップより、J リーグ」
 一般の人たち熱狂的に支援する日本代表メンバーなどには、S氏はほとんど興味がない。
 … というより、「J リーグも知らない連中が、急にW杯だなんて浮かれるなよ」
 と、心の中では叫びたいわけだ。
 
 だから、
 「W杯でボランチに ○ ○ を起用するなら、○ ○ の方が上。リベロなら ○ ○ しかいない。ほんとに ○ ○ 監督は、日本サッカーを知らないよ」
 などというのが、当時の口グセ。
 
 日本代表メンバーしか知らない私には、彼の持ち出す選手の名前が分からずに困った。
 ただ、「○ ○ 監督は日本サッカーを知らないよ」 の 「○ ○ 」 の名前だけは、私にも分かった。
 最初はトルシエで、2度目はジーコだった。
 
 応援しているJリーグのチームは、地元でもなければ、知り合いがいるわけでもない清水エスパルス。
 経営母体に企業がついていないという一点が、S氏の反メジャー志向を刺激したらしい。
 
 エスパルスのホームゲームのある日は、日程の許すかぎり、200 km以上離れた静岡まで、独りでクルマを走らせる。
 選手の出身地、得意技、趣味まで網羅した自分だけのオリジナルデータをパソコンに打ち込み、日々それを更新。試合結果は欠かさず分析して、メモを残す。
 
 それだけの情熱を持っているのだから、次に会ったときは、「オシムは日本サッカーを知らないよ」 という話になるのかと思ったら、また違った。
 
 昨年の年末に会ったとき、 S氏が抱えていたのは、正月の箱根駅伝を特集したグラビア誌。
 「町田は、来年はどこが優勝すると思う?」
 と、聞かれても、そう熱心な駅伝ファンでもない私は、にわかに答えられない。

 待ち合わせの喫茶店で、コーヒーをすする 1時間。
 S氏は、それぞれのチームの監督になりきったように、各チームごとのレース運びのポイントと、ライバルチームの対策をどうればよいのかを詳細に語ってくれた。
 
 「往路の5区は、坂の勾配が ○ パーセント。それを ○ ○ の脚力なら、○ 秒。
 だから ○ ○ 大学の ○ ○ がそれを追い抜くには、少なくとも○秒差内で、タスキがつながっていなければならない」
 
 いったい、どこでそのような分析データを仕入れるやら。
 
 「駅伝という趣味は、レースが終わってからも楽しめるからいい」
 と、彼はいう。
 “終わって” から、来年の優勝校予測でも始めるのかと思ったら、そうではなかった。
 「コースを歩く」 のだという。
 
 駅伝の 1区間などは、たかだか20㎞。
 歩いたところで 5~6時間。
 ヒマな日を見つけては、 1日 1区間ずつ歩き、帰りはバスが電車で帰途につく。
 すでに、往路の 1区から 3区までは走破したらしい。
 
 歩きながらテレビの激闘を思い出し、時には美味しそうな蕎麦屋を見つけては暖簾 (のれん) をくぐり、雰囲気の良い喫茶店を見つけたら一休み。
 
 「どうだい? だいぶオレも枯れたろう?」
 と S氏はいうが、本人は、ほんとに自分が枯れたと思っているか、どうか。
 
 彼のように、往路・復路の全コースをすべて歩くという情熱を持っているほどの駅伝ファンは、そう多くないはずだ。
 無趣味な団塊世代が、定年退職後の生活を持て余すなどという悩みは、生涯 S氏には無縁だろう。
 団塊世代には、いろいろな人種がいる。
 
 
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団塊シニア群像2 「趣味の人」 への4件のコメント

  1. ネアンデルタール より:

    またまた関係ない話で恐縮ですが。
    ジョン・レノンは、今でこそ平和シンボルのような存在になっているが、彼の中には、多くの殺人犯と同じような「家族(とくに母)に対する飢餓感」のようなものがあった。
    そこで、オノ、ヨーコはジョン・レノンを甘やかせてやったが、前の奥さんは彼に甘えようとした。そういう違いというのは、あったと思いますか。
    なんかまだ、生首少年のことが気になっているもので。
    すみません。

  2. 町田 より:

    ジョン・レノンが最初に持った家庭には、かなり問題があったという話は、どこかで聞いたことがあります。ただ、自分の母親に対して、飢餓感のようなものがあったのかどうか。あまり伝記のようなものも読んでいないので、そのあたりの情報はほとんど待っていません。
    なんか、いつもご質問にうまく答えられずに、申し訳ありません。
    ただ、オノ・ヨーコが母親的な機能を発揮していたのではないかということは、ご指摘のとおり、私も感じます。
    こんなことを書くと、ジョン・レノンのファンには怒られそうですが、オノ・ヨーコと知り合ってからのジョンは、「男であること」をやめてしまったという感じがしないでもありません。
    「男」ではなく、「少年」に戻ったというか…、ある意味でピュアになりましたね。
    ジョンの描く「平和主義」の理念は、少年のような純粋な正義感から来る危うさと傲慢さがあって、(そこが魅力といえば魅力なのかもしれませんけれど)、正直、私にはちょっと付いていけないものがありました。

  3. ネアンデルタール より:

    「少年のような純粋な正義感からくる危うさ傲慢さ」・・・それが、生首少年の問題に入ってゆく鍵かもしれませんね。
    ありがとうございました。

  4. 町田 より:

    何も考えずに答えたコメントですが、何かしらネアンデルタールさんの思索のヒントになったのだとしたら光栄です。
    尖がった理想主義は、ある意味でみな狂気をはらんでいるわけで、そこが面白さであり、怖さであり…。
    ローリング・ストーンズにはなくて、ビートルズにあったのは、ジョン・レノンの理想主義で、その狂気をはらんだ怖さが、ビートルズの陰影になっていたようにも思いますが。

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