チェーザレ・ボルジア 優雅なる冷酷

  
 若い頃に読んだ塩野七生さんの『チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』を読み返しているのだけれど、実に面白い!
 塩野さんの現在のお仕事の中心となっているのはローマ史だが、若い頃に書かれた、一連のルネッサンスものも、なかなか捨てがたい魅力を放っている。
 特に、1人の人物を取り上げた伝記となると、この『優雅なる冷酷』 が白眉となるように思う。

優雅なる冷酷

 チェーザレ・ボルジアは、イタリア・ルネッサンス期を代表する武人・政治家だが、その名は狡猾な殺人者という「負」 のイメージを背負わされて、人々の記憶に刻み込まれてきた。
 そして、今でもイタリア史を知る者にとっては、塩野さんの著作を読まない限り、冷酷非情な悪人であり続けているはずだ。

 しかし、塩野さんは、そのチェーザレの冷酷さに「優雅なる」という冠をかぶせた。そして、彼の持つ「悪」に、崇高さと美しさを与えた。
 20代に初めてこの本を読んだとき、体が戦慄するほどの感動を覚えた。

 しかし、30代に再読したとき、感動した自分が恥かしくなるほど興ざめして、途中で投げ出したこともあった。
 社会を観念的に捉えてしまう20代と比べ、職場に出て、現実社会との折り合いを学び始める30代は、頭の中がロマン脳からビジネス脳に変っている。
 ビジネス脳状態になってしまうと、あの塩野さんの華麗な文体は、「気取った絵空事」にしか見えなくなるときがある。

 しかし、いま50代になってもう一度読みかえしてみると、これはやっぱりすごい本だと分かってくる。
 さすがに「戦慄するほどの感動」とまではいかないが、血液中のアドレナリンが沸騰してくるのを覚える。

 「作者と主人公がデキている!」
 下世話な表現を使うと、そういう感じなのだ。

塩野七生0071
▲ これを書いた頃の塩野氏

 つまり、塩野七生さんが、まだ若くてセクシーな身体をチェーザレに向かって投げ出し、そして、相手からもたっぷりと愛を授けられたと言いたくなるほどの “官能性” を、この物語は漂わせている。
 それほど、ここに登場するチェーザレ・ボルジアという青年は、惚れ惚れするくらい美しい。

チェーザレ 肖像

▼ TVドラマ『ボルジア家』に登場するチェーザレ(フランソワ・アルノー)

 読んでいて感じるのは、司馬遼太郎氏が『国盗り物語』や『新・太閤記』で描いた織田信長とチェーザレが、非常に似ていることだ。
 チェーザレと信長は、そのキャラクターや世界観・美意識などが、どちらが片方の生まれ変わりではないかと思えるほど、そっくりである。

 「執念深くて、冷酷」
 「誇り高くて、残忍」
 そういう負のオーラをたくさん放ちながら、
 「時代の先を見通す想像力」
 「無から有を生み出す構想力」
 「素早い決断力」
 など、英雄にとって不可欠とされる資質を、この2人は持ち合わせている。

信長肖像

 そういう人物を描くときの塩野さんと司馬さんの方法論も、まったく同じだ。

 チェーザレも信長も、ともに「寡黙で行動的」な男たちである。
 つまり、彼らの心の流れは、外からはつかめない。

 塩野さんと司馬さんは、ともに、主人公を描くとき、その行動だけをハードボイルドタッチで描き、心の動きは第三者に語らせるという手法を採った。

 例えば、司馬遼太郎は、秀吉や家康の口を借りて、
 「殿のことだ。きっと、お怒りになっているに違いない」
 「信長殿の性格からすれば、一刀両断のご成敗となろう」
 などと、第三者の観察から読者に「信長」の心の形を推測させる。

 塩野さんの場合は、ある章において、マキャベッリという政治理論の天才をチェーザレの観察者に配した。そして、マキャベッリとの関わりのなかで、チェーザレの戦略や思想を浮き上がらせていく。

マキャベリ

 『優雅なる冷酷』でもっとも盛り上るのは、第二部「剣」の終盤部分である。
 チェーザレが、自分に反乱を起こした傭兵隊長たちを見事な詐術にかけて殲滅させていくくだりだ。

 傭兵隊長たちと講和を図るように見せかけたチェーザレは、彼らを油断させて捕らえ、一気に処刑してしまう。
 後世の歴史家たちは、それを卑怯で冷酷なやり方だと批判した。
 しかし、塩野さんは、そこにこそ、マキャベッリをして、チェーザレを『君主論』のモデルにせざるを得ないような、チェーザレの凄みを見出す。

 反乱を鎮圧したチェーザレは、その歴史的な謀略の一部始終を見ていたマキャベッリに向かって、こういう。

 「これでイタリアの不和の源を滅ぼした」
 「イタリア?」
 思わず、マキャベッリが聞き返す。
 「そうだ。イタリアだ」

 その後を、塩野さんは次のように表現する。
 「イタリア。この言葉は、何世紀もの間、詩人の辞書以外には存在しなかった。マキャベッリの知り合ったどの人物も、その地位の上下を問わず、誰一人この言葉を口にした者はいなかった。 
 当時のイタリアには、フィレンツェ人、ヴェネチア人、ミラノ人、ナポリ人はいても、イタリア人はいなかったのである」

 うまい文章だ。
 さらに、塩野さんは続ける。

 「イタリアの統一は、チェーザレにとっては使命感からくる悲願ではない。あくまでも彼にとっては野望である。チェーザレは、使命感などという弱者の武器、というよりも拠りどころを必要としない男であった。
 マキャベッリの理想は、チェーザレの野望と一致したのである。
 人々がやたらと口にする使命感を、人間の本性に向けられた鋭い現実的直視から信じなかったマキャベッリは、使命感よりいっそう信頼できるものとして、人間の野望を信じたのである」

 レトリックのお手本ともいえる名文!

 これは塩野さんの本を読んで初めて知ったことだが、あの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチは、一時チェーザレの軍事顧問として、チェーザレの要望に応じ、要塞や新しい武器の設計に携わっていたらしい。

レオナル ド肖像

 平和を愛するはずの芸術家が、残忍な人殺しとして有名なチェーザレに手を貸していたことを認めたがらない日本人も多いと聞くが、塩野さんに言わせると、そういう人は「イタリア・ルネッサンスの何たるかを知らない」ということになる。

 塩野さんは、レオナルド・ダ・ヴィンチとチェーザレの共通点に関して、次のように語る。

 「二人とも、自己を絶対視する精神を持つことで、彼らは宗教からも倫理道徳からも、完全な自由を獲得していた。そういう精神の自由は、究極的にはニヒリズムに通ずるが、その精神を極限で維持し、それを積極的に生きていくためには、強烈な意志の力を持たねばならない。(ダ・ヴィンチとチェーザレの)二人にはそれがあった」

 野望、ニヒリズム。

 一般的にはネガティブな響きを持つ言葉を逆手にとって、むしろ積極的な意味を与えていこうとするところに、塩野さんのレトリックの核心がある。
 そして、塩野さんがチェーザレの「野望」と「ニヒリズム」に意味を与えたとき、イタリア史上もっとも冷酷非情な人間と嫌われた青年は、「世界の英雄」の座に向かって駆け上っていったのである。
  
    
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チェーザレ・ボルジア 優雅なる冷酷 への2件のコメント

  1. ネアンデルタール より:

    三国志の「呂布」も、そのようなかたちで見直すことができるのでしょうか。それとも、イタリア人と中国人の決定的なちがいというのは、やっぱりあるのでしょうか。
    まあ、ひとことでは言えないですよね。
    ふと、そんなことを連想してしまいました。
    悪をどう解釈するか、どう裁くか、現代人はこのことに今ちょっと混乱しているようにも思えます。いろいろ、ニュースショーのねたは尽きないですからね。

  2. 町田 より:

    呂布もチェーザレ・ボルジアも裏切り、機略を屈指するところなど、似た感じの武人ですね。呂布は肉体的な強靭さも備えていましたから、チェーザレのパワーアップ版という感じもします。
    個人的にはチェーザレよりも粗暴さが目立ち、政治家としてはものの見方が近視眼的という感じも…。
    ただ、結局は塩野七生という優れた観察者を得られたチェーザレと、それが得られなかった呂布との違い。
    最後はそれに尽きるような感じもします。
    悪をどう裁くか、これは非常に難しく、かつ面白い問題で、塩野さんも「文芸春秋」の臨時増刊号では、「検察に引っ張られた堀江貴文氏や村上世彰氏が単なる悪人とは、私には思えない」と語っています。
    世の風潮として、ホリエモンなどは今や完全なる犯罪人扱い。世間的な評価では、「苦労して働くことの価値観を転覆させた金儲け至上主義の敗北」という図式で片付けられていますが、塩野さんは、「彼らがどこで自己制御を失ってしまったのか、私はそこを考えたい」と述べています。
    ホリエモンが体現したものが何であったのか。それを検証することも、現代の悪の問題を考える良いヒントになりそうな気もしています。

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