「不思議」 の発見者 池田晶子

 
 哲学者の池田晶子さんが亡くなられた。昨日買った「サンデー毎日」の編集後記を読んで知った。
 享年46歳。
 まさか! と絶句するような早死にである。

 私は、この人の連載コラムを読むのが楽しみで、「サンデー毎日」と「週刊新潮」は欠かさずに買うようにしていた。
 肩書きは「哲学者」であるが、池田さんは自ら「文筆家」を名乗り、著述においても、ほとんど哲学用語を使うことはなかった。
 その内容も、アンチエイジングのばかばかしさとか、ネット社会の盲点など、自分の暮らしのなかで見つかる素朴な疑問から哲学を始めているので、身構えることなく読み進めることができた。
 
 私は、彼女の素晴らしい着眼点から、いつも考えるヒントをたくさんもらった。
 「大人の時間」はあわただしく流れていくのに、なぜ「子供の時間」はゆったりと流れるのか。
 そのような秘密も、池田さんから教わった。
 
 彼女の書かれたものには、どんなテーマにおいても、人間は「死」というものを考えることはできても、知ることはできないという一貫した姿勢が貫かれていた。
 スピリチュアルブームのような、前世と現世を簡単に結びつける発想から、最も遠いところにいた人だったと思う。
 「死」という理解不能なものが、こんなに身近なところにあるというのに、なぜ人間はそのことの不思議さに気づかないのか。
 池田さんは、そういう「不思議」を発見する名人だった。

 「この世に神秘的なことなど何一つない。この世があること自体が神秘なのだ」
 というヴィトゲンシュタインの引用なども、彼女が引くと魔法の言葉に変わった。
 
 逝去されたのは、2月の23日 (2007年) のことだったという。
 すでに昨年の夏には、腎臓ガンを患っていたらしい。
 
 自分の死を見つめながら書かれた晩年のコラムを、私は、それと知らずに読んでいたことになる。
 そこには、死を間近に見つめている人間の動揺や葛藤など、何一つ描かれていなかった。

 ただ、昨年の「サンデー毎日」の12月10日号 (2007年) に掲載した「暮らしの哲学」で、「人間が、何かの終わりを感じるのは、冬ではなく、秋だ」と書かれたとき、もしかしたら、池田さんは、なにがしかの心の動きを読者に伝えたかったのかもしれない。
 
 「秋は、それ自体が暮れる季節だから、その夕暮れの寂しさは一段と迫るものがある。モミジが散ってから冬至の日までの夕暮れの寂しさは、文字どおり人生の終わりみたいだ」
 その日の連載エッセイだけは、いつものシニカルな歯切れ良いトーンは影をひそめ、珍しく平易な語り口で、秋の印象が綴られていた。
 切迫感のある文章でも何でもないのに、そこに、えもいわれぬ寂寥感が漂っていて、私は不思議な気分になったものだ。
 
 「人間は、どんな体験をすることもできるが、自分の死だけは体験できない」
 そう言い続けてきた池田さんはそれを体験しながら、それがどんなものであったのか、もう私たちには伝えてくれない。
 
 合掌
 
 

カテゴリー: コラム&エッセイ   パーマリンク

「不思議」 の発見者 池田晶子 への4件のコメント

  1. 磯部 より:

    ひとは、終末を悟ると、とても静かになれるのかな?それは、冬ではなく、情感として私も秋のような気がする。
    私の場合、過去を振り返っても、詩は「秋」がとても多い。
    死をいつも意識することによって、生きていることに私はいつもいい知れない不思議さを感じるのですが、考え過ぎかな?
    町田さんは?

  2. 町田 より:

    冬というのは、次に訪れる春に向かって、生命が待機状態に入っている季節なのでしょうね。だから、外に出ているものは枯れ果てていても、土の中で生命が胎動している気配を感じ取ることができます。
    しかし、秋は「終わっちゃったよ」の感じ。パチンコの最後の玉が、穴に消え行く様子を、じっと眺めてからおもむろに席を立つときの、あの心境に似ています。
    秋の陽射しの影って、ほら、どこまでも長く伸びていくじゃないですか、地平線があれば、その先まで達しそうな。
    あれって、影がこの世界とは違う場所に行こうとしているのかもしれませんね。

  3. 磯部 より:

    影がこの世界とは違う場所に行こうとしているのかもしれませんね。という町田さんの言葉、あなたやはりただ者ではありませんね?
    今度、詩も見せておくれよ!

  4. 町田 より:

    いえいえ、磯部さん、詩なんてとても、とても!
    「影がこの世界…」
    なんていったって、居眠りしながら、うつらうつらと思いついたフレーズなだけで、半分夢が紡ぎだしたような言葉です。
    おっと、また居眠り…。

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