JBよ安らかに

 「ファンクの帝王」 と呼ばれたジェームス・ブラウンが亡くなった。
 2006年の暮れ。
 クリスマスの日だという。
 R&B が好きな私は、「ひとつの時代が終わったなぁ」 という感慨が深い。
 

 
 ジョン・レノンが亡くなったときも、コルトレーンが逝ったときも時代の変わり目を感じたことがあったが、JB の死は 「R&B の終わり」 のように思える。
 「ヒップホップ」 「ファンク」 「SOUL」 「ブラックミュージック」 など、いろいろな呼称があるけれど、自分にとっては、結局は 「リズム&ブルース = R&B」 なのである。
 
 JB は、その R&B で、彼しかできない独特のリズムを創造した。
 ヘビがとぐろを巻くように、内側にうねり込んでくるベースライン。
 シャープなギターのカッティングに合わせた、切れの良いホーンセクション。
 なんたって、ホーンをリズム楽器として扱うセンスにかけては、彼は飛びぬけていた。
 一本調子の単調なリズムが続くという批判もあったけれど、あの暴力的なワンパターンがあってこそ、
 「ウッ!」 とか
 「ハッ!」 という JB のかけ声が、荒ぶる神の啓示のように轟いたのだ。
 
 音楽が好きな友人たちと話すときは、ちょっと気取って、シル・ジョンソンとか、オーティス・クレイなどが「良い!」などと喋っているけれど、本当に好きなのは JB だった。
 そうあからさまに言うと、「脳ミソの足りないダンス小僧」 みたいに思われることもあったので、昔はハッキリ言ったことがなかったけれど、本当は、その「脳ミソの足りないダンス小僧」 に憧れていた。
 
 ディスコなどという言葉もない時代、不良の巣窟のように思われていた 「ゴーゴークラブ」 に繰り出す前に、JB の 「セックス・マシーン」 のステップを、何度タタミの上で練習したことか。
 おかげで、家のタタミはすっかり擦り切れてしまった。
 
 そうやって、満を持して新宿の 「ジアザー」 などのドアをくぐっても、横浜や横須賀あたりから繰り出してきたヤンキー坊主たちにはかなわなかった。
 彼らは、東京者をバカにするために来ていた。
 「本場もんを見せてやろうか」
 という気分だったのだろう。
 マンボのステップだって、2ステップでツツッと踏み込んでくる。
 女の子と手を取りあったときは、ハマジル。
 
 シビレたなぁ!
 さらに、それを退屈そうに眺めていた黒人が、やにわにフロアの真ん中に躍り出ると、もうそのヤンキー坊主たちも引っ込んでしまう。
 結局、私は一度もフロアに飛び出ることができず、コークハイだけ飲んで、むなしく家に戻った。
 
 JB の思い出は、「いつかはフロアの真ん中で、華麗なステップを踏んでみたい!」 という願望と重なったまま、心の奥底に沈殿している。
 
 キャンピングカーを運転するようになって、さすがに JB をドライブ・ミュージックとして選ぶことはなくなった。
 あれは都市の音楽で、キャンプ場などに向かうときには合わない。
  
 でも、やっぱり自分の体内に 「リズム」 がうなり出すとき、それは JB の音なのだ。
 彼のつくり出した 「グルーブ」 「ノリ」 が、結局自分のリズム感の原点になっている。
 
 2006年12月25日。ジェームス・ブラウン死去。享年73歳。
 
 

カテゴリー: 音楽   パーマリンク

JBよ安らかに への4件のコメント

  1. Gmund より:

    JBが亡くなったのを聞いて残念に思いました。
    しかし、クリスマスになくなるなんて彼らしいです。
    ブルースブラザーズを劇場で見たのがJBとの出会いでした。
    「お前は光を信じるか~!」
    彼からファンクを学びました。
    あのリズムは自然に体を動かせます。腰にきます。
    黒人で7/3分けしていたのは、JBだけなんでしょうか?

  2. 町田 より:

    Gmundさん はじめまして。お越しいただきまして、ありがとうございます。
    確かGmundさんも、JBの訃報に触れていらっしゃいましたよね。ジャバママさんやTJさんのコメント欄と合わせて、記事はいつも楽しく拝読させて頂いています。
    JBの7/3分け。なんか不思議な感じですねぇ。少し笑えてしまいます。

  3. 磯部 より:

    地元が横浜の私としては、町田さんの言われるように、当時東京もんをコケにしていたのを覚えています。だってお坊ちゃんばっかりでしたものね。本牧のリンディー、西口のスーパースター、厚木基地の近くでJBをはじめ「ゲットレディ」など、モータウンサウンドで狂っていた当時を思い出しました。

  4. 町田 より:

    本牧の「リンディ」!
    わぁお、懐かしい名前です。伝説のクラブですね。
    新宿の「ジアザー」とか、六本木の「クレイジーホース」ができる前でしたかね。
    「ゴールデンカップ」なんかも行っていたんですか? 
    今、あそこに出ていたゴールデンカップス。ちょっとしたブレイクですよ。「長い髪の少女」路線とは違った本場もんのR&Bをコピーしていた時代のレアものの映像とか音源が出てきたりして。
    「ゲットレディ」、懐かしいですね。
    でも、あの踊るときに腕で胸を押さえる振り付けは何だったでしょうね。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">