Mr.モーターホーム (戸川聰氏の半生記)

 
 出したい本がある。
 元アイシィー・トレックスを主宰し、名機「B.C.ヴァーノン」を開発した戸川聰 (とがわ・さとし) さんの半生記だ。
 
 
 
 その原稿は、すでに半分以上できあがっている。
 しかし、今のところ出版する目途が立っていない。資金的な余力がないのだ。
 そのため、原稿はもう 5年以上も私のデスクの引き出しに眠ったままになっている。
 でも、このストーリーは(編集している自分が言うのはなんだが)、実に面白い。
 それは、戸川總という人間の面白さに他ならない。
 
 
 
 彼がB.C.ヴァーノンというモーターホームを完成させる前に、どのようなものを研究し、どのようなアイデアを積み上げていったか。
 もちろん、そのような車両開発の秘話がふんだんに明かされるわけだが、もっと面白いのは、モーターホーム開発者になる前の、「流転の人生」を味わっていた時代の話だ。
 
 
七転び八起き

 「七転び八起き」という言葉があるが、戸川さんの前半生は、起伏の激しい山を毎日縦走するような生活だった。
 声楽家をめざして音楽学校に入るも、仕送りが途絶えて挫折。
 クラブやキャバレーで、カンツォーネを歌って日銭を稼ぐ生活を始める。
 酔客を喜ばせるためには、歌の合間にトークを披露しなければならない。
 
 当時は、歌手というのは歌を唄うだけ。
 おしゃべりは司会者の領分。
 そういう “住み分け” が常識だった。
 
 その常識を破り、戸川さんは「流し」のスタイルを採り入れて、自分でカンツォーネを唄い、かつおしゃべりで場を盛り上げた。
 トークのワザを練り上げるため、毎晩ラジオの深夜番組から流れてくる DJ たちの話術に耳を傾ける日々が続いた。
 
 やがて、戸川さんのトークの軽妙さと、歌のうまさを認めてくれる人が現れた。
 シャンソン歌手の石井好子さんである。
 戸川さんは、この日本でも有数なシャンソン歌手の一人である石井好子さんの事務所に入り、そこで徹底的にプロとして鍛えられることになる。
 
 そういう暮らしを続けるなかで、楽屋で、シャンソンやカンツォーネの日本語訳を担当している若者と出会う。
 日本にはまだ紹介されてもいない外国語の歌詞なども、その若者の手にかかると、ものの 5分で美しい日本語の歌に変わってしまう。
 
 戸川さんはその若者の才能に惚れ込むと同時に、相手も戸川さんの能力を認め、やがて 2人は意気投合。
 たまに、どちらかの懐が温かくなると、楽屋で餃子の大盛りパーティ。
 「お互いにしっかり稼ぐようになろうね」
 と励ましあったその相手が、今は高名な作詞家・小説家として知られる、なかにし・れい氏だった。
 
  
都落ち
 
 そのまま進めば、「芸能人・戸川總」が誕生していたかもしれない。
 しかし、好事魔が多し。
 芸能生活を続けている間に、戸川さんは一人の女性に夢中になり、その女性と一緒にいる時間をつくるために、大事なステージまでサボるようになってしまう。
 
 「歌をとるか。女性をとるか」
 石井好子社長は、戸川さんに決断を迫った。
 「女性をとります」
 その一言で、彼は石井事務所から解雇された。
 戸川さんの才能に期待していた石井好子さんの目には、涙が浮かんでいたという。
 
 都落ちを決意。
 しかし、どこへ行くか…。
 それが決まらない。
 
 こういうとき、演歌ではみな 「北国」 へ向かうことになっている。
 かつて地方巡業で訪れたときに好きになった、北陸の古都 「金沢」 を行き先に定めた。
 夜汽車は金沢へ。
 
 泊まる場所のあてもないまま、くだんの女性と連れ立って駅のホームに降りた戸川さんの肩に、雪が舞った。
 金沢では、市内の高級バーの仕事を紹介してくれる人と知り合うことができた。
 もちろんバー勤めの経験などない。
 しかし、心機一転をめざしていた戸川さんは、そのバーでグラス磨きやトイレ掃除専門のスタッフとして、再スタートを切ることになる。
  
 
モーターホームとの出会い

 その後は有線放送の営業マン、英語百科事典のセールスマン、製氷器を使った氷売りなどをこなしながら、彼は戸川流のセールス哲学を身につけていく。
 
 昼間はそれらの仕事をこなし、夜はホテルのレストランシアターで司会業を勤めた。
 ステージの合間には、楽団を引き連れ、お座敷まわり。
 「お得意な歌がございましたら、私たちが伴奏をおつとめしま~す!」
 と、もちかけると、カラオケのない時代の酔客たちはみな大喜びだったという。
 
 やがて、モーターホームと出会う。
 英語百科事典の営業成績が外資系の会社から注目され、その会社からヘッドハンティングされたことがきっかけだった。
 彼は、新しい会社でトップセールスの表彰を受け、やがてアメリカ旅行に招待されることになる。
 戸川さんはその機会を利用して、ワイオミング州を訪れた。
 少年時代からの憧れの映画だった 『シェーン』 のロケ地を見るためだった。
 
グランドティトン4copy
 
 映画でシェーンが旅立っていくシーンの山々が見えるグランドティトンの風景に接したとき、彼が注目したのは、その優美な景色のなかに点在していた数々のモーターホームの姿だった。
 
 そのときに見た光景が、どのくらい戸川さんの心にインパクトを与えのかは分からない。
 ただ、後にアイシィー・トレックスを創業したとき、会社のシンボルマークがグランドティトンの山々と、その手前に描かれたモーターホームであることからも、それが一大転機をもたらす「事件」であったことは推測できる。
 
 やがて、戸川さんは、モーターホームを日本に根づかせるというテーマを追って、具体的な準備を開始する。
 この時代、つまり1970年代の中頃というのは、まだ国内には北米製モーターホームというものがほとんど普及していなかった。
 それを普及させるためには、パーツの供給体制も同時に整備していかなければならない。
 
 戸川さんは、まずアウトドア用品店に勤務することを決めた。
 1976年当時、ファミリー向けのキャンプ用品や RV 向け改良部品などを販売するショップは、日本に 2軒しかなかった。
 そのうちの 1軒に腰を落ち着けた彼は、まだ日本人がほとんど知らないような本格的な用品・部品の仕入れ方などを勉強し始める。
 さらには、モーターホームを用意して、宿泊地の手配から、観光地ガイド、料理、運転までをトータルコーディネートする 「パッケージキャンプツァー」 なども企画するようになる。
 
  
異文化の翻訳者
 
 このように、モーターホームという存在を広報するための絶え間ない努力の果てに、あのヴァーノンという名車が誕生するわけだが、その過程には、まだまだ魅力的なエピソードがたくさん秘められている。
 しかし、それはお楽しみ。
 
 肝心なことは、戸川さんが「流転の人生」を送っていた時代に、すでにモーターホームを日本に浸透させるための訓練を終えていたということだ。
 北米で生まれたモーターホームは、当時の日本人にとっては、いわば 「異文化」 だった。
 多くの日本人にとって、それはまだ馴染みのないものであり、得体の知れない未知の文物であったように思う。
 しかし、消費者が初めて接する新商品というものは、すべてみな「異文化」である。その異文化が在来種の文化と混血することによって、初めて新しい文化が創造される。
 それには、「異文化の翻訳者」が必要なのだ。
 
 異文化の魅力をいかに人に伝えるか。
 それこそ、戸川さんが英語百科を売ったり、有線放送の契約を取ったりしながら人生の前半戦で会得してきたものといってよい。
  
 
トレール・アドベンチャー・スピリット
 
 その戸川さんは、今どうしているのか。
 アイシィー・トレックスという会社はなくなった。
 しかし、彼の開発したモーターホームは残った。
 戸川さんの手がけたモーターホームを愛するたくさんのファンたちによって結成された TAS (トレール・アドベンチャー・スピリット)のメンバーが、もろ手を上げて、戸川さんを迎え入れた。
 
 TAS の結成は1993年。もう14年ちかく、戸川さんを助けて、北米のモーターホーム文化を日本に根づかせるための活動を行ってきたクラブである。
 
 
 
 このクラブが不思議なのは、アイシィー・トレックスという会社がなくなってからもメンバーが増え続け、その活動がますます活発になっていくことだ。
 ヴァーノンの魅力を知って、中古を購入した人。
 新車から購入していたが、それまで TAS には入会していなかった人。
 さらには、ヨーロッパ製のモーターキャラバンに乗っている人たちもどんどん参加するようになった。

 もちろん、例会のオープニングでは、歓迎の拍手を受けながら戸川さんが挨拶に立つ。
 若い頃から舞台などで鍛えたその語りは、相変わらずチャーミングだ。
 「そのトークを聞くためなら、どんな遠くからでも駆けつけてみたい!」
 TAS のメンバーのなかには、そう思っている人も多いのではなかろうか。
 
 この本では、戸川さんが、そのように多くのファンに囲まれて楽しんでいる現在までを描くつもりだ。
 タイトルも決まっている。
 『Mr.モーターホーム』
 本にならないまでも、いつの日にか、ブログなどを使って連載を始められればいいなぁ、と思っている。
 
 
参考記事 (TAS クラブキャンプ体験記)

「御前崎キャンプ場でTASキャンプ」
 
「 『庄川鮭祭り』 3泊4日の旅」
 
「塔の岩キャンプ場でTASキャンプ」
  
  

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Mr.モーターホーム (戸川聰氏の半生記) への6件のコメント

  1. 磯部 より:

    誰の人生も小説一本書ける、っていいますよね。でも、このひと、飛び抜けていますね。できたらブログではなく、アップルシードエージェンシーに持ち込みたいですね。鬼塚さん次第で本になるかもです。ちなみに鬼塚さんは、日本で初めての出版プロデューサーです。ハイ

  2. 町田 より:

    有意義なサジェスチョンを頂き御礼申し上げます。「アップルシードエージェンシー」のことは知りませんでしたが、Webで検索して調べ、なかなか面白そうな企業であることが分かりました。教えてくださいまして、ありがとうございます。
    日本のキャンピングカー産業は、企業としては着々と成長しておりますが、まだ「文化情報の発信」という意味では黎明期です。
    この戸川さんの例のように、面白くて、しかも情報価値が高いものがいっぱいあるにもかかわらず、その情報を有効に発信する体制が整っておりません。
    磯部さんのような、外部のスタッフからの有益な示唆が今後はますます必要になるでしょう。
    よろしくお願い申し上げます。

  3. saku より:

    はじめまして。BCヴァーノン検索していたらこちらにヒットしお邪魔しました。実はBCヴァーノン明日納車なんです^^主人のキャンカー5台目。何気なくネットで探していて、とりあえずクラフトへ行くことに。でも、一目惚れ!即決しました。戸川さんと話していて、何か人と接することをされていたのかなぁ~と思いましたが、シャンソン歌手目指されていたとは!明日お会いするのでお話しするのが楽しみです。60歳で子供さんを授かったとお聞きし、私達年の差夫婦(主人61歳、私39歳)にもまだまだがんばってと(^^; 時々お邪魔させてい
    ただきますね。よろしくお願いします!

  4. 町田 より:

    >sakuさん、ようこそ。
    はじめまして。
    せっかくのコメントいただきながら、ちょっと見落としておりました。本当に申し訳ございません。
    6月23日のコメントですから、もうBCヴァーノンには乗られているんですね。5台目のキャンカーとは素晴らしいですね。
    戸川さんの“半生記”は本当に面白いです。昔、お話を聞かせていただいて、「小説よりも面白い!」 と思ったことがありました。
    TASの例会には参加させていただくこともありますので、そのうちどこかでお会いできるかもしれませんね。
    これこらもよろしくお願い申しあげます。
     

  5. ota より:

    トレックスガーデンをグーグルで調べていてここのページにたどり着きました。恐縮ですがコメントを入れさせて頂きます。

    戸川氏と出会ったのは1990年場所は忘れましたが商社トーメンが出した、トリプルEリージェンシーの発表でした、キャンピングカーショーでは無かったようなイベントでした、そこで初めてお会いし熱のこもったセールスに感動さえ覚えました。
    97年に念願かなってリージェンシーを中古で購入、その間も戸川氏とは何度となくお話しを指せて頂きました。
    僕も戸川氏のファンです、さらなるご活躍をお祈りしております。
    太田

    • 町田 より:

      >ota さん、ようこそ
      リージェンシーの発表会だとしたら、もしかしたら、赤坂にあるカナダ大使館の敷地内ではなかったでしょうか。記憶違いだったら申し訳ございませんが、… 。もしそこだとしたら、当日私も取材に行ったような記憶があります。

      いやぁ、記憶違いかもしれませんね(笑)。
      私が行ったのは、戸川さんがすでにアイシィー・トレックスを主宰されてから、B.C.ヴァーノンを披露されたときのことだったかもしれません。

      ただ、トリプルEの首脳陣を招き、カナダ大使館を使ったセレモニーということになれば、やはりトーメンさんの意向があってのことのようにも思われます。

      今年の4月、戸川さんが町田市でトレックス・ガーデンを開くときにお祝いの席に駆けつけ、少しお話させていただきましたが、相変わらずとてもお元気でした。
      日本にモーターホーム文化を根づかせた巨人として、後世末永くお名前の残る方でしょうね。
       

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