怖い話 「禁断の風景」

 キャンピングカーでいろいろな所に泊まっていると、ときどき、
 「あ、ここは人間が近づいてはならないところだ…」
 と思えるような場所にたどり着くことがある。
 
 最近はもっぱらキャンプ場か道の駅か、高速のSA,PAで泊まることが多いので、そういう場所に対する感受性が鈍磨しているが、昔、 「キャンプ場ガイド」 を編集していた頃は、よく山の中に泊まった。
 日暮れても目的地まで届かないときは、山奥の石切り場や川原で寝ることが多かった。
 
 14年~15年ぐらい前だったと思う。
 その晩のねぐらを探しながら、中国地方の山奥を走っていたときだ。
 
 ダム湖の看板が見えた。
 近づいていくと、湖を見おろせる絶好のスペースが見えてきた。
 クルマ1台分ぐらいの隙間しかないのだが、車外に椅子、テーブルを持ち出せば、湖を遠望しながら、快適なティータイムを楽しめそうに思えた。
 日が沈むまで外の景色を眺め、夜は車内で一人だけの酒宴。
 とっさに、その晩のスケジュールが決まった。
 

 
 湖が見おろせるその狭いスペースに、なんとかクルマを収め、椅子とテーブルを外に持ち出した。
 まだP泊のマナーなどが問題にならない時代の話だ。
 「Pキャン」 という言葉が、やっと専門誌に登場したかしないかという頃である。
 
 さっそくコーヒーを入れて、カップになみなみと注ぎ、それを手にもって車外に出た。
 
 夕暮れが湖の上に迫っていた。
 美しい光景だったが、異様な光景でもあった。
 
 その頃、日本全国が歴史的な渇水状態にみまわれ、どこの地域でも深刻な水不足が問題になっていた。
 この湖も例外ではなく、水面が極端に低くなっている。
 樹木で覆われた層がある線でくっきりと断ち切られ、白く乾いた岩肌がざっくりとむき出されているのだ。
 今まで正体を現さなかった大地の素顔が、水が涸れて、その荒々しい相貌を白日のもとにさらしたという感じだった。
 
 私は、その生物の匂いをまったく欠いた岩盤を見つめながら、行ったことのないタッシリの砂漠とかカッパドキアの風景を想像した。
 旧約聖書などに出てくる、神が人間に謎めいた啓示を与える場所。
 なぜか、そんなふうに思えた。
 
 不意に寒気をおぼえた。
 夏が過ぎたとはいえ、まだ秋は深まっていない。
 寒気の正体が分からない。
 
 次に、音がまったく途絶えていることに気がついた。
 鳥の鳴く声も、風のそよぎも聴こえない。
 幹線道路が近くを通っているはずなのだが、クルマの走行音もここまでは届かない。
 沈黙の重みが、大地を覆っている。
 そう思うと、えもいわれぬ不安感が頭をもたげてくる。
 地球上からすべての音が消えてしまったことを、私一人が知らないまま、ここに座っているという気分だった。
 
 
  
 壮麗な夕焼けが空を覆いはじめた。
 それが丸裸にされた岩肌を、血の色に染めていく。
 あまりもの美しさに鳥肌がたった。
 湖面から無数の粒子がキラキラと立ち昇り、残照に包まれながら輪舞を踊り始めている様子が目に見えてくるような気がした。
 
 「ここにいては何か良くないことが起こる!」
 直感的にそう感じた。
 人間が見ることを許されない光景を覗き見している。
 そんな感じがしたのである。
 
 私は急いで、椅子とテーブルを車内に収め、そこから立ち去る準備を始めた。
 夜が来て、すべてが闇に包まれれば、おそらく、少々心細い気分になりながらも、結局なにも起こらないまま朝を迎えることは理性で理解できた。
 しかし 「何かが起こる」 という予感は、きっと朝がくるまで解消されないように思えた。
 
 その晩どこで泊まったかはもう記憶から遠ざかっているのだが、夕焼けに染められた湖の景色は、今も鮮明に覚えている。
 「何かが起こりそうな場所」 を旅の記憶として持っているということは、幸せなことかもしれない。
  
 

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怖い話 「禁断の風景」 への2件のコメント

  1. 山江 五郎 より:

    晩秋のある夕方、名水と評判の水を汲みに行った。そこはある有名寺院の参道途中から左折して2kmぐらいの無人のお堂のそば、左折してからは一本道、お堂で行き止まり、水を汲んだら引き返すしかない。左折したら前方にテールランプが見えた。やがてお堂についた。そこの数台分の駐車場には誰もいず、不思議なことに車もなかった。ただ、お堂にあげたばかりと思われるお線香が煙を上げていた。この記事を思い出したので書いた。大分県での話。

    • 町田 より:

      >山江五郎 さん、ようこそ
      興味深い体験談、ありがとうございます。
      とても不思議な話ですね。
      お堂にお線香を捧げた人と、その車はどこに行ってしまったのでしょう。
      情景が頭に浮かんできて、背筋がすっと寒くなりました。
      山江さんがメールをお寄せいただいたこの記事は、もう10年以上前に書いたものですが、にもかかわらずこのような思い出話をお寄せいただいたことに感謝申し上げます。
      今後ともよろしくお願い申し上げます。
        

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