あの車に逢いたい

 
 生涯記憶に残る情景というものがある。活字でしか表現されないような小説のようなものであっても、そういう情景が存在する。
 東理夫さんの 『あの車に逢いたい』 という短編小説のなかに収められた 「だからカムバック、シェーン」 は、私の場合、すべての情景がいつでも思い起こすことのできる小説だ。

 ストーリーは実にたわいない。
 ハーレーにまたがって全米を旅している中年ライダーと、国境を越えて密入国したメキシコ青年が、南カリフォルニアの砂漠で出会い、とりとめもない会話を交わし、また別れていくというだけの話。
 
 事件など何も起こらない。
 でも、カリフォルニアの空を吹きわたるさびしい風。
 砂漠を転がる枯れ枝の乾いた音。
 午後の太陽の下で、ライダーが磨くコルト・ピースメーカーが放つ鈍い光。
 そんなものが、心の中に鮮やかな映像を結んでいく。
 
 この短編集に収められた話は六つ。どの話も、実は、主役は人間ではなく、クルマなのだ。
 
 1940年型クライスラー・ロイヤルクーペ
 1952年型シボレー・スタイルライン
 1940年型フォード・デラックスクーペ…
 
 それらのノスタルジックな自動車にまつわる、さりげなく粋で、ほのかに優しく、かすかに哀しいエピソード
が、この短編集の核となっている。
 
 人が小説の舞台から去ったあとも、クルマだけが夕焼けの中に取り残されて、いつまでも光り続けている。そんな感じの世界が、佐藤秀明さんの美しい写真を挟んで綴られていく。
 
 昔、パイオニアの 「ロンサムカーボーイ」 というカーオーディオのCM に、アメリカの荒野をまっすぐ貫く一本道の写真が使われたことがあった。
 雑誌広告にもなったが、テレビでは片岡義男さんのナレーションが入った、小粋な CM になっていた。
 
▼ 今でも大事にとってある当時の雑誌広告

 道の両脇は、乾いた大地。
 大地の果てには、峻厳な山脈。
 地上の荒野を走る一直線の道は、地平線のかなたに消えたあとも、宇宙という荒野に直結しているように見えた。
 
 その画像が、私がキャンピングカーを欲しいと思う最初のきっかけとなった。
 だから そのCM は、私の 「自動車の旅」 の原点になっている。
 
 そのとき胸に刻まれたイメージが、この 「だからカムバック、シェーン」 という短編に横溢していたのだ。
 東理夫さんの書く小説は、どこか片岡義男さんの世界にも通じている。同じ精神を共有している人の作風だと思える。

 しかし、硬派の思想家としての一面も持つ片岡さんのものに比べると、東さんの書かれるものは、思想の部分が背景の奥に隠された分だけ、印象として 「淡い」 。透明度が高いというのかもしれない。

 その 「淡さ」 が、逆に荒野を走るハーレーの、シェビーの、官能的で魔物じみたエンジン音を際立たせている。
 それと同時に、クルマが走り去ったあとの、アメリカ内陸部の静寂の深さも教えてくれる。
 
 『あの車に逢いたい』 という本は、キャンピングカーを何台乗り継いだとしても、必ずコンソールに忍ばせておく本となるはずだ。
 
  
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あの車に逢いたい への6件のコメント

  1. ご@okinawa より:

    ロンサム・カーボーイのコピーが片岡義男さんかどうか気になって検索したらここに行き当たりました。
    http://sg11.exblog.jp/

  2. 町田 より:

    okinawaさん ようこそ。
    「ロンサムカーボーイ」というコンセプトは、CM史上でも永遠に残る傑作だと思っています。
    旅の原点であり、クルマの原点であり、音楽の原点であるように思えます。
    片岡義男さん、素敵です。

  3. べあ より:

    はじめまして、「あの車に逢いたい」で検索してここに来ました。1961年型魚座の男です。
    そしてこの記事に感動しました。短編の主人公達に自分との共通点を見いだし引き込まれながらこの本を読んでいたあの頃の感情が蘇りました。今になって思い返せば楽しい思い出です。

  4. 町田 より:

    >ベアさん、ようこそ。はじめまして。
    『あの車に逢いたい』 は大好きな小説集でした。だから、その検索ワードでお越しいただくなんて、とても感激です。
    結局、あの雰囲気が忘れられなくて、アメリカのルート66をたどる旅までしてしまいました。キングマンの町の裏通りに、古いアメ車が打ち捨てられたように置かれていたのを、夢中になって写真に撮ったものです。
    「ルート66博物館」 というのがあって、なんと、そこに東理夫さんの日本語の本が陳列されていました。感激もひとしおでした。
    またお越しください。

  5. べあ より:

    >あの雰囲気が忘れられなくて
    ああ、実行に移されたのですね凄いです。
     
    ルート66私もいつか走ってみたいです。
    私もこの本を読んでいた当時、仕事でカリフォルニア南部のトーランスと言う町からネバダ州のレイク・ミイドまでマックのトラックを運転して何度か往復したんですよ。
     
    マックといってもラバーダックのような凄いのではなくロサンゼルス空港のバシェットで借りた、フィアット製のキャブオーバータイプのトラックでした。
    トラックレーンから追い越しレーンに出て前方の遅いトラックを抜き去る時に、トラックレーンに戻る意思表示のウインカーを点滅させていれば私のトラックの最後部が先方のトラックを追い越したときにヘッドライトを点灯してくれます。「おまえのケツが俺を完全に追い抜いたから、俺の前に入って良いぞ」の合図だったんですね。
     
    ドライバーによってはヘッドライトを上向きで点灯させますから最初は怒っているのかと思って怖かったですが皆がそうやっているのでそのうちに理解しました。
     
    レイクミードで作業を終えてカリフォルニアに入るときトラック専用のゲートがあり積み荷のチェックがあり、焚き火用の薪が生木だから太った黒人女性ののポリスに散々文句を言われ、全てがが知らないことばかりだったので本当に焦りました。彼女の体にピッタリと張り付いた茶色の制服とフォルスターに収まっていたシルバーのS&Wのリボルバーの輝きを昨日の事のように思い出しました。
     
    今よりももっと無鉄砲で何も考えていなかったあの頃、よくまあ今も無事に過ごしている事を感謝しなければなりませんね。今は4才の長男がカーズに夢中でカリフォルニアに夜走りで駆けつるシーンなどに興奮しています。そのうちに話して聞かせてやろうと思っています。失礼を承知でとりとめのない書き込みをしてしまいました。なんだかお話ししたかったので。
     

  6. 町田 より:

    >べあさん、ようこそ。
    素晴らしいですね。アメリカでトラックを運転されるという経験を積まれたわけですね。コメントの端々に、現地の交通事情を肌で感じられた方の貴重な体験が生きていることが分かり、大変勉強になりました。
    私が体験したのは、レンタルモーターホームによる観光旅行です。それも、日本でそのツァーを企画されている「トラベルデポ」 という会社の社長さんに同行していただいたもので、べあさんが経験されたものより、はるかにイージーなものでした。
    それでも、実際のアメリカを走ってみると、頭で考えたときより、はるかにいろいろなことが見えてきますね。
    楽しい思い出がいっぱいできました。
    モーターホームの旅では、ルート66も走りましたし、グランドキャニオン、モニュメントバレーなども回りました。
    そのときの感想を、このブログでも連載したことがあります。
    お時間があるときにでも、ご笑覧ください。
    グーグルの 「町田の独り言 レンタルモーターホーム」 の検索ワードでたどり着けると思います。 
     

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